シリコンバレー発SUKIYAKIレポート 2018年4月20日

本コーナーでは、事業開発コミュニティSUKIYAKIが実施したイベント、テクノロジーのトレンドなどについてレポートします。

自社変革する老舗企業 デザイン思考とは



1972年創業の老舗企業、独SAPは、近年すさまじい速度で業績を伸ばすテクノロジー企業の1社だ。この変革にはシリコンバレーに設置したイノベーションラボが大きく関与しているということで、同社のプリンシパル坪田氏に、老舗企業の変革の鍵を聞いた。

■デジタルエコノミーが既存の競争環境にもたらす影響
デジタルエコノミーと呼称される新たな脅威が企業の経営課題の中心に取り上げられるようになって久しい。例としてよく語られるのが米Amazonで、オンライン小売業で得られた顧客志向とデータを活かし、スーパーマーケット、損害保険、自社物流などのビジネスモデルの展開をダイナミックに行っている。米Uberが2014年から展開するUberRUSHは、空きタクシーと消費者の小物の配送需要をつなぐ便利な飛脚サービスであり、従来の配送業者の大きな脅威となっている。こうした新機軸に対応するため、既存事業の運営に凝り固まった自社文化の中にどう新規事業創出のメカニズムを内製するかという点が多くの大企業を悩ませている。

■SAPシリコンバレーに殺到する日本企業が求める「すご過ぎないお手本」
SAPシリコンバレーには年間1,600人を超える日本企業のリーダーが視察に訪れる。これまで1960年代から右肩上がりの事業構造に身を置いてきた日本企業にとって、前述のデジタルエコノミーは実に60年ぶりに訪れた競争環境の変化と言える。日本と歴史的な背景、労務文化、もしくは産業構造的にも近しいドイツの老舗企業であるSAPの変革ストーリーは「すご過ぎないお手本」として高い評価を受けている。SAPは近年5年間で売上高、営業利益、従業員規模、そして株価のあらゆる財務指標が2倍を超える圧倒的な成長を記録している。この変革の鍵がデザイン思考の全社展開である。SAPは近年5年間で売上高、営業利益、従業員規模、そして株価のあらゆる財務指標が2倍を超える圧倒的な成長を記録している。

■デザイン思考のプロセスが老舗企業に教えてくれるもの
デザイン思考はデザイナーが行う問題発見の手法を体系化したフレームワークであり、これがビジネスの事業開発に応用できるとして、シリコンバレーを起点に世界中に広まっている。例えば、前述のUberによる飛脚サービスの脅威にさらされた米UPSは、デザイン思考を用いて3Dプリンティング事業を創出した。トラックで品物を配送する代わりに、配送先の近くのUPS Storeにて3Dプリンターで「製造」をすることで配送スピードを担保しようというサービスだ。SAPも代表企業の一つであり、2006年に米スタンフォード大学内の「Hasso Plattner Institute of Design at Stanford(通称 d.school)」の創設に携わった。
(右図参照)今やデザイン思考の総本山ともよばれるd.schoolでは、デザイン思考を5つのプロセスに区分している。 冒頭の「Empathize」は共感と訳され、問題を抱える人(ペルソナ)に共感を深める最初のプロセスである。後続の「Define」と合わせて既存の問題定義を疑う体系を構成している。つまり、解くべき問題を疑って再定義することで、後続のアイデアの確からしさを担保することを意図している。右肩上がりの環境に慣れた老舗企業にとって、真に立脚すべき問題を再発見するための重要なプロセスであると言える。
もう1点注目すべきは「Prototype」である。ここは前段の「Ideate」で得られたアイデアの実証性を、試作品を元に確かめていくフェーズである。重要なのは、試作の完成度よりも次々とアイデアを確かめるスピードを優先させることだ。これらは日本企業が不得手な失敗を許容する文化と同義と言える。デザイン思考は、変化対応力に乏しい老舗企業に対し、失敗に固執せず次のアイデアに進む推進力をもたらすということだ。

■コマツが取り組む真の問題発見とデータプラットフォーム提供の新規事業
多くの企業は、すでに自社や業界の最重要課題を解決すべく、デザイン思考の取り組みを始めている。日本最大の建設機械メーカーであるコマツもその1社だ。コマツは2017年10月、SAPジャパン、NTTドコモ、オプティムとの合弁で事業子会社「LANDLOG(株式会社ランドログ)」を設立した。建設業界では、技能労働者の深刻な人手不足が近い将来に予期されており、労働生産性の向上がコマツと業界全体が共有する大きな課題であった。この新規事業創出の過程でデザイン思考に向き合ったコマツは、従来型のハードウェアの改善はこの一部の解決策にしか過ぎないことに気づいた。その後、建設生産プロセスを3次元でつなぐデータプラットフォームの提供に踏み切り、建設現場の見える化を通して現場の労働生産性の抜本的な改革に取り組んでいる。


■企業の最重要の変革をもたらすデザイン思考の可搬性とは
デザイン思考はともすれば遊びの一環として捉えられることや、シリコンバレー企業に特有で占有的な文化と誤解されることがある。しかし、変化に疎い老舗IT企業のSAPや古典的な建設業界の従来のプレーヤーであったコマツがこれを受容して大きな自社変革を成し得たように、デザイン思考の本質は老舗企業が動乱の時代を生き抜く上での最重要の変革を体系的、かつ汎用的にもたらす画期的なフレームワークであることではないだろうか。



SAP Labs Silicon Valley, Principal
坪田 駆
シリコンバレーにて日本企業との新規事業共創を推進。シリコンバレー最大のアウトサイダーとして約4,000名の従業員を抱えるSAP Labsの一員であり、老舗デジタル企業がシリコンバレーのエコシステムを活用し自己変革に成功した経験を説く。年間1,600名を超える日本企業のリーダーに、デザイン思考を活用した企業の事業変革を啓発する。
SUKIYAKI
木村将之
SUKIYAKI代表。 トーマツベンチャーサポート株式会社シリコンバレー事務所Managing Director。筑波大学院非常勤講師。
在シリコンバレー日系企業による新規事業開発を目的とした互助会。「日本を元気に!」をテーマに、シリコンバレースタートアップとの連携による新規事業開発に必要な、機会の創出、組織変革、個人の能力育成につながる活動を定期的に行う。
www.svsukiyaki.com