北カリフォルニア桜クィーンプログラム実行委員長

Benh Koreyoshi Nakajoさん

インタビュー

2017年4月7日

日系アメリカ人のコミュニティーを維持する半世紀

経歴を教えてください
アイダホ州ミニドカ群に生まれました。家族はユタ州に引っ越した後、しばらくの間そこに住んでいましたが、私が13歳のとき、家族全員でサンフランシスコに来てからはずっとここに住んでいます。サクレッドハート(Sacred Heart)高校を卒業した後、シティカレッジ、そしてサンフランシスコ州立大学で文化人類を学びました。その時代、文化人類学はまだ新しい研究分野でしたが、私は多様な文化や社会などに興味を持っており、人間が何を考えているのか、何を信じているのかを勉強したかったのです。その後、日本航空に入社して、40年勤務しました。

桜祭りに関わったきっかけ
若い頃から様々なクラブやボランティア団体に参加していました。最初の桜祭りは日本人の友達の紹介で、グランドパレードの樽神輿のボランティアをリクルートするお手伝いをしました。それから桜祭りの様々な委員会に務め、1989年に桜クィーンプログラム実行委員長に選ばれました。

クィーンプログラムとは
桜祭りのクィーンプログラムは、元々女性が美しさを競う美人コンテストとして始まり、「Queen Pageant」と呼ばれていました。その後女性を外見だけで評価するのではなく、社会への貢献度で評価する新しいコンセプトを生み出しました。このコンセプトの変更はとても重要なことだったと思います。新しいコンセプトにより現在のクィーンプログラムは、コミュニティサービスやリーダーシップに集中し、若い日系アメリカ人女性が日本人として必要なマナーなどの指導を継続的に受ることができ、リーダーとして必要なスキルを身につけられる機会も作っております。候補者は北カリフォルニアに在住する18歳から25歳未満の未婚の日系アメリカ人女性です。クィーンプログラムは一年中活動しているので、委員会にとっても候補者にとっても責任が重大です。例えば、様々な団体や協会などからフードサービスやラッフルチケットの販売などの依頼が来るので、それに出向いたり、また年に数回、候補者全員でロサンゼルスの「Nisei Week」やハワイの桜祭りを訪れます。もちろん日本にも必ず訪れ、PR活動など様々なイベントに参加しております。
サンフランシスコ市と大阪市は、日米間の姉妹都市として60年の長い歴史を有しています。1968年に大阪市では御堂筋フェスティバルが開催され、1968年から2009年の間毎年クィーンはサンフランシスコ市の代表として必ず大阪市を訪れ大阪市長と会い、市民から暖かい歓迎を受けていました。2009年に御堂筋フェスティバルがなくなってから大阪に行く機会がありませんでしたが、昨年は7年ぶりに正式に大阪を訪問しました。今後も大阪市との交流を続けていきたいと思います。

一番挑戦したこと
クイーンはサンフランシスコと日本を代表する象徴となるので、候補者を選ぶことはプログラムの委員長として一番責任が大きいです。候補者は学校や仕事などもある中、一年間コミュニティ活動を行なわなければいけません。以前、プログラムを途中で断念した方もいましたが、彼女たちをしっかりサポートすることも我々の大事な役目だと思います。またスポンサーを募集するのも簡単ではありません。スポンサー企業にクィーンプログラムのサポートをお願いするのに、ものすごく多くの時間と努力が掛かります。

長年携わり続ける目的
二つあります。一つは、人間は交流によって理解を深める必要があると個人的に思います。桜祭りのようなイベントは武道、生け花、折り紙、茶道などの日本の芸術を展示することによってベイエリアの皆さんに日本文化を紹介します。異文化を理解することによってより心の広い、認識の高い社会を作れると思います。
もう一つの目的は自分のアイデンティティで困っている日系アメリカ人の若者を応援することです。日本の文化を紹介することによって彼らの日本文化への興味を育て、日系アメリカ人のコミュニティを保存していきたいと思います。

J weekly読者へ一言
できるだけ多くの皆さんに、寄付やボランティア活動などに参加していただき、日系アメリカ人のコミュニティをサポートしていただきたいです。一年に一日でもボランティアいただけるだけで大変有難いです。私が初めてベイエリアに来たとき、サクラメント、フレズノやオークランドなどには小さな日本町がありましたが、現在は三つしか残っておりません。それを皆さんのご協力で我々の子供たちのために保存したいと思っています。