ニフティ株式会社

河原 梓 さん

体験型エンターテインメント

「茶ッカソン」を生み出した人々の想いと背景 2016年8月5日

「あずさん」の愛称で親しまれているニフティの河原梓さんが、サンフランシスコでの3年に及ぶ任期を終えこの8月に日本へ帰任された。河原さんは2013年8月よりサンフランシスコに派遣され、イベントオーガナイザーとして多くのイベントをプロデュースし、日米間のコミュニティーを繋ぎ活性化させた中心人物である。今回は、彼が手掛けた数多くのイベントの中で、彼の代名詞のとも言える「茶ッカソン」に関する秘話と、当地での3年間を振り返り今思うことを、「茶ッカソン」共同主催者である伊藤園の宮内栄一さんも交え語っていただいた。

ゼロベースから始まったサンフランシスコでのミッション

(河原)元々、任期1年だった僕に最初に与えられた仕事は、現地コーディネーターとしてネットワークを作る事でした。サンフランシスコに長期で人を置いてネットワークを広げて、そして日本から来るニフティの担当者やエンジニアに紹介し、活動し易くして引き継いでいく、というのが僕のミッションでした。最初に来た担当者は人工知能がテーマだったので、彼が作ったプロダクトを知ってもらうための活動や、トライアルしてくれる企業さんを探すなど、ほとんどゼロからのスタートだったのでとても苦労しましたね。

それからエンジニアが作ったプロダクトのPRのためにリリースイベントを行ったのが初めての経験でした。日本でもイベントの仕事をしていたんですが、アメリカでも実施する発想はなくて、でも実際やってみるとシリコンバレーの人たちというのは、アクティブに活動している人を歓迎してくれるというのを肌で感じたんです。そこから自然な流れでイベントを3カ月に1回のペースでやるようになり、それが仕事の一部になって行きました。回を重ねるごとにより戦略的に、そしてサンフランシスコでの活動の中核の一つとして位置付けるようになっていったというのが今に繋がる経緯ですね。

「茶ッカソン」始動から成功へと続いたワケ

(宮内)僕がまだこちらに赴任する前、伊藤園の前任の角野がコンセプトも何もない状態で、ハッカソンみたいなことをやりたいと思い立ち、エバーノート外村さんからあずさんに相談したのが茶ッカソンの始まりだったようですね。我々はイベント事について何も知らないので、こういうことをやりたいという、ふわっとしたことを具現化してもらい、「茶ッカソン」という名前からコンセプトに至るまであずさんに作っていただきました。

(河原)まさか伊藤園さんからそんな相談が来るとは思ってなかったですし、なんでテックの会社じゃない伊藤園がハッカソンやるの?と思いつつ、それが逆にすごく面白いなとも思いました。テクノロジーの世界じゃない人がハッカソンをやるというのは、実は日本でもアメリカでもあまりなく、これを上手いことやれば面白い事になると感じました。ただ、「伊藤園ハッカソン」ではひねりがない。伊藤園がやる必然性やストーリーやイメージ作りが大事だと思いました。

(宮内)私も、赴任直後の限られた時間の中で、多くの時間をあずさんと茶ッカソンの企画に費やしていたと思います。最初は本当に訳がわからない状況で、この人たち何やっているんだろうなと思いながらMTGに参加してたような感じでした(笑)。
本番を迎えてみると、日本人コミュニティーの錚々たるメンバーがたくさん来てくださり、これを発信していくことの面白さや、今後の可能性を大いに感じたのはイベント当日でしたね。あずさんが思い描いたものと実際とはどうでした?

(河原)いやぁ、あれは想像していた以上でしたね。その後の広がりも含めてまさかあそこまでなるとは思いませんでした。僕はこういう活動を1回形にすることはある程度できますし、盛り上がりを作るというのはある程度読めるんですけど、それを定期的に続けていく、広げていくというのはそれの100万倍難しいことなのです。1回目を形にしてみて、これは1回じゃ終わらせちゃいけないし、ここから生まれる何かが絶対ある、という意識は持ちましたね。でもそれは伊藤園前任者角野さんの帰国前最後の大きなイベントだという思い入れもあり、本当にいろんな人に声をかけて、賞品スポンサーもかき集めてくださった彼の馬力が1回目の盛り上がりを作ったと思います。
いろんな人のSNSで茶ッカソンの様子があがり、「なんだこれは!」と反応しているのを見て、次の2回目はすごく大事で、しかも角野さんが帰ると言うのもあったので、どうやって形にしようかとすごく考えましたし、実際次まで時間が空きました。
(宮内)そうですね。2回目は初めてローカルを交えたイベントでしたし、あずさんの英語でのアイデアソン司会デビューや、僕の司会デビューなど大変でしたね。茶ッカソンは今やシリコンバレーだけでなく、ニューヨークやシアトル、東京でも始まっています。シアトルで行ったきっかけは、1回目の茶ッカソンをSNS上で見た人が僕にコンタクトしてくれて、シアトルでもやりたいとの事で企画が進んで実現したんですけど、そのくらい面白いと認知してもらえたのは、やはり1回目の成功があったからだと思います。

(河原)最初からずっと意識してたのは参加のハードルを下げることでした。これまでのハッカソンというのは、いわゆるIT系のエンジニアとかが集まるテックコミュニティーのためのお祭りみたいな要素が強かったんですが、茶ッカソンで考えたのはアイデアを出せばそれでよく、誰でも参加できるもの。また茶ッカソンという一見ユーモラスなネーミングをつけて「なんだこれは?」とまず言葉で入口を広げる。ハードルを下げ「ぷっ」っと笑いが出るようなネーミングでみんなに関心を持ってもらえる。さらに誰でも参加でき、テック関係、商社マン、学生もいれば、問屋や飲食店オーナーとありとあらゆる属性の人がいる。多分このようなアイデアソンは今までなくて、これはハッカソンの世界の今までのパラダイムを変えたんじゃないかなという気がします。

アイデアだけでない「茶ッカソン」が生み出したものとは

(宮内)世の中にエンターテインメントは沢山あると思いますが、様々なバックグランドの人たちが来るダイバーシティーであったり、老若男女誰でも参加できる、今まで感じ取れなかったことを新しく感じてもらう、そして時には人の人生変える、というものを提供できるのが茶ッカソンではないかなと思います。

(河原)僕らは、茶ッカソンは体験型エンターテインメントだと思っています。ここから生まれたアイデアを使って新しい会社を立ち上げた人、ビジネスパートナーを見つけた人などがたくさんいて、コミュニティーの力を具現化できていると思いました。旗を振っている会社がここで生まれたアイデアを実現しなくても、参加者の中でアイデアソンが続いて新しいアクションが生まれてくる。プロダクトを使ってもらい知ってもらい、将来的に参加した人たちが新しいものを生み出すように繋がれば、僕はそれもアイデアソンのアウトプットではないのかと思います。

「茶ッカソン」の未来図

(河原)茶ッカソンの定義は、お茶を飲んで新しいアイデアを議論して形にするというプロセスがあれば成り立ち、さらにその上にいろんなテーマが乗せることができる非常に便利なプラットフォームです。なので最低限の文化的なバックグランドや伊藤園さんが伝えたいことを残しながらどんどん形を変えて進化していくんじゃないかと思います。
最初の企画の時に、人々が新しいアイデアを出しディスカッションする傍に、おーいお茶があってそれを茶ッカソンと呼ぶ世界が作れたらいいね。という話をしたことがあります。ハッカソン、アイデアソン、の次に茶ッカソンというカテゴリーがあるような、そんな世の中ができるといいなと思います。将来的には、世界中のこんなところで茶ッカソンが行われています、という様な茶ッカソンマップが広まるといいですね。

(宮内)極端に言えば伊藤園のお茶でなくてもいいと思っています。最近ではシリコンバレーの多くのIT企業でお茶を飲んでもらえるようになっており、飲んでいるエンジニアは世界でイノベーションを起こしている人たちです。
今まではエナジードリンクを飲んで仕事していた人に、もっとヘルシーなマインドでお茶を飲みながら参加してもらえるようなものにしていきたいです。我々が企画して一大イベントでやらなくても、社内のMTGとかで、茶ッカソン的なものを簡単に行ってもらえるようになったら面白いですね。

これからも続くサンフランシスコと茶ッカソンとの関わり

(河原)まずは日本で行われている茶ッカソンを更に盛り上げるお手伝いをしていきます。サンフランシスコへも定期的に来る予定ですし、今後もなんらかの形でイベントやコミュニティー活動は継続していく予定です。
茶ッカソンも同様で、あまりロケーションに捉われず、サンフランシスコだろうと東京や九州だろうと、どこの土地でもいろいろなトライをし、自分たちのノウハウを使って様々な企業さんとコミュニティーをキーワードにしながら活動していきたいです。
(宮内)あずさんが帰られることは寂しいですが、これからも続く関係性なので、今後はこちらからあずさん側にいろんなアイデアやトレンドを発信して、日米でもコラボレーションしていければと思います。また茶ッカソンを通じてできた仲間がいるので、もっとこのコミュニティーを強くして、いい形で繋げて行きたいですね。

(河原)茶ッカソンがきっかけで、人とのコミュニティーができ、いろんな企業さんとの様々なイベントの型ができましたし、コミュニティーの活性化に繋がったことも含めて、だいぶ茶ッカソンに鍛えられました。今こうやっていろんな方々が、ニフティから来た河原という人間を認めてくれたのは茶ッカソンがあったからです。シリコンバレーで茶ッカソンを一緒に育ててきましたけど、同時に私自身も茶ッカソンに育てられ鍛えられた、強い深い関係だと思います。

河原 梓さん(左)
2013年8月ニフティからFujitsu Laboratories of Americaに出向。サンフランシスコに拠点を構え、日米のキーマンや企業を巻き込んだイベントやミートアップを多数開催。伊藤園とのコラボレーションイベント「茶ッカソン」開催や、J-POP SUMMIT2015・2016のインタラクティブパビリオンのプロデュースなどイベント活動は多岐にわたる。8月1日付で帰任しニフティに復帰。今後は日本と米国をつなぐコミュニティオーガナイザーを目指す。

宮内 栄一さん(右)
2013年6月よりITO EN (North America) Inc. (本社NY)に出向。2014年3月よりSFベイエリアへ赴任。小売店やレストランに加え、シリコンバレーの法人企業や大学などへの営業を行っている。同時にローカルコミュニティへの日本文化啓蒙のため、各種イベントの企画やサポートを行っており、ニフティ河原氏と共に「茶ッカソン」を全米で展開している。