第23回 大切な場面での曲の仕上げ方について

 みなさま、こんにちは。シリコンバレーでピアノ教室を主宰している、有座なぎさです。「音楽教育のススメ」と題したコラムを毎月第四週目に担当させていただいています。
 今日は、発表会やコンクールやコンペティション、大切な録音などに臨む際の曲の仕上げ方についてお話ししようと思います。音楽を勉強しているみなさんは、これまでに少なくとも一度は人前で演奏した経験があるのではないでしょうか。その時のことを思い浮かべてみて下さい。人前で演奏した時、「大成功だった!」という人は、意外にも少数派なのではないでしょうか。大抵の人は、「ああ、あそこで失敗しちゃった!」「暗譜を忘れて、先に進めなくなっちゃった」「頭の中が真っ白になった」などというほろ苦い経験をお持ちなのではないかと思います。かくいう私も、若い頃のステージでの苦い経験はたくさんあります。同じようなパッセージが繰り返される曲で、出口が分からなくなって、何度も同じところを繰り返し弾いてしまう山手線状態に陥ってしまったり、あるいは中間部をすっとばして、40 ページほどある長い曲が、ホンの数分で終わってしまったり。今、思い返しても、本番で失敗して、顔から火が出そうになったことは一度ならず、何度もあります。ステージに立つと、いつもはちゃんと弾けているはずのところが、急につまずいたり、思い出せなかったりと思わぬアクシデントが発生してしまうことがよくありますね。子供さんたちの発表会でも、意気揚々とステージに出てきたのに、演奏中思わぬ失敗をしてしまって、帰りはうなだれて、ステージを後にするお子さんを目撃することがしばしばあります。

 そんな時、身体の中では、どんな変化が起きているのでしょうか。人は誰でも緊張すると、自律神経のうちの交感神経が優位になり、脳の中のノルアドレナリン神経から、ノルアドレナリンという神経伝達物質が活発に分泌され、心臓がバクバクしたり、冷や汗をかいたり、顔が赤くなったりする現象が起こるのだそうです。こうした反応は誰にでも起こりうる正常な反応なのですが、それが、人によって強く現れたり、あまり変化が顕著でなかったりするのだそうです。人前で演奏するときに、人一倍緊張する人は、ノルアドレナリンの働きが活発になっているのですね。このように無意識のうちに、私たちの身体の中では、さまざまな変化が起こっています。

 では、人前でも普段通りに自由に演奏できるためには、どうしたらいいのでしょうか?それは、ずばり、場数を踏むことです。ステージでの経験が「特別なもの」でなく、「普段、いつも行なっていること」になればよいのです。そうは言っても、発表会やコンペティション、オーディションなどは、そうそう毎日あるものではありませんね。ですから、私の教室では、発表会やコンペティションの前には、ステージプラクティスを行うようにしています。発表会やコンペティションなどで演奏する曲を、本番の前に、一度でも人前で弾いておくと、本番の演奏の出来は格段によくなります。また暗譜も確実になり、本番で暗譜を忘れてしまうアクシデントを未然に防ぐことができます。もちろん、一つのコンサートやオーディションのために、何度もステージプラクティスができれば、それに越したことはないのですが、会場やその他の都合で、一度しかステージプラクティスの場を設けられない、という場合も多いでしょう。そんな時、私は本番の二週間前に、ステージプラクティスを行うことをお勧めしています。なぜなら、あまり時期が早すぎても、曲の仕上がりが不十分だったり、暗譜ができていなかったりしますし、あるいは、本番の直前では、せっかくステージプラクティスを行っても、その反省点を直す時間がなくなってしまうからです。本番まで、二週間の時間があれば、暗譜がすべってしまったところや、うまく弾けなかったところを直して、確実に演奏できるように仕上げることができます。

 現在は、コロナ禍のため、リモートでレッスンを受けている生徒さんもたくさんいることでしょう。でも大丈夫、たとえ、リモートでも、ステージプラクティスはできます。オンラインでも、「他の人が自分の演奏を聴いている」という状況は、緊張をもたらすのに十分です。Zoom などで複数の人が集まれるオンライン会議システムを利用して、本番前に、小さな演奏会を開いてみて下さい。本番での演奏の質が格段に上がり、ステージでの演奏を楽しむことができるようになるでしょう。事前の準備を万端にして、本番のステージで、良い演奏ができれば、さらにモチベーションも上がり、上達していくことでしょう。

Carnegie Hall