今月の歌 『花』

 こんにちは。サンノゼピアノ教室の井出亜里です。
 先日、レッスンで小学1年生が、ト音記号を“とんきごう”と書いておりました。「〇ちゃん、ト音記号の最初の字はカタカナで書こうか?」と言いますと、まさかの“トンきごう”。説明の仕方が悪うございました。すみませんでした。
 ト音記号って、ドレミファソの、ソの音(日本音名でトの音)から書き始めるからト音記号なんですね。

 とんテキ、とんカツ、トン記号…。その日の夕食はとんカツになりました。

 豚はさておき、桜の季節。日本の4月、中学生が必ず歌うのは“春のうららの”で始まる『花』。今月の歌はこちらです。

作詞作曲はだれでしょう?

 作詞は武島羽衣。1872年、東京は日本橋の木綿問屋に生まれました。本名は又次郎。父親は和歌や漢詩を嗜む風流人。羽衣も幼少時からこの父の傍で万葉集や源氏物語を読む早熟な子供でした。

 東京帝国大学(現在の東大)の国文科に在学中から、詩人としての名声を得ます。同大学院卒業後は東京音楽学校(現在の芸大)で教鞭を執りました。ここで瀧廉太郎と出会い、1900年に『花』が生まれたのです。

 30代後半からは、日本女子大、聖心女子大、実践女子大で国文学を教え、50代で宮内省御歌所(おうたどころ)の寄人(よりうど、よりゅうど)として奉職しました。御歌所というのは、宮内省(今の宮内庁)で、天皇や皇后の御歌や、御歌会に関する事務的業務を行った部署です。寄人は短歌、長歌、唱歌をまとめて書物にする仕事を担います。7人の寄人が手分けしてこれを行いました。94歳、東京の練馬で亡くなっています。

 作曲は瀧廉太郎。1879年東京の芝区(現在の港区)に生まれました。最年少の15歳で東京音楽学校に入学し、期待のピアニストとして注目を集めるも、優れた作曲で更なる脚光を浴びました。『花』を発表した翌年、日本人音楽家では3番目のヨーロッパ留学生としてドイツの音楽院に入学。ところが結核を発症して帰国。大分県にて23歳で亡くなりました。彼の略歴は以前も書いているので、今回は恋愛話でもしましょう。

 柴田環。後に国際的オペラ歌手として活躍した三浦環です。東京音楽学校でピアノを教えていた21歳の瀧廉太郎が16,7の環に想いを寄せてプロポーズ。当時の環は、大変目立つ女学生でした。美貌と才能で人目を引く上、当時では大胆な自転車通学。評判のハイカラさんだったのです。そんな彼女に見とれた男子学生は数知れず。『赤とんぼ』や『待ちぼうけ』で有名な作曲家の山田耕筰もその一人でした。自転車を通せんぼして彼女の気を引いたこともあったそう。

 さて、突然のプロポーズにうろたえたのは環です。既に婚約者、しかも内祝言をあげた事実上の夫がいたからです。しかし学校は既婚者の入学を許可していなかったため、環は自分が既婚ということはひた隠していました。「あのときぐらい困ったことはありませんでした」と環は後に告白しています。

 『花』の歌詞とその背景

 この曲は、1900年に瀧廉太郎が発表した歌曲集『四季』の第一曲目。

 第一曲目『花』、第二曲目『納涼』、第三曲目『月』、第四曲目『雪』。

 『花』は、もともとは『花盛り』という題名でしたが、三曲目四曲目と合わせて“雪月花”になるように変えられました。この『花』が有名になりすぎたためか、二曲以降はあまり知られていません。

歌詞の元ネタ、ありました

 こちらが『花』の歌詞です。

1.春のうららの 隅田川 のぼりくだりの 舟人が 櫂のしずくも 花と散る 眺めを何に たとふべき
2.見ずやあけぼの 露浴びて われにもの言ふ 桜木の 見ずや夕ぐれ 手をのべて われさしまねく 青柳を
3.錦おりなす 長堤に 暮るればのぼる おぼろ月 げに一刻も 千金の ながめを何に たとふべき

 1番の元になった和歌は紫式部作。源氏物語の中にありました。

春の日の うららにさして 行く船は 棹のしづくも 花ぞちりける

 当時盛んに行われていた早慶レガッタ(1905年に開始された早稲田大学対慶応大学のボートレース。隅田川にて行われる、世界3大レガッタの一つ。)の情景も連想させるように和歌での“棹のしづく”は『花』では“櫂のしずく”になっています。

 2番は、“あけぼの”や“夕暮れ”が『枕草子』の“春はあけぼの”、“秋は夕暮れ”を彷彿とさせます。

 3番は中国、北宋王朝(960〜1127)の政治家であり文豪だった蘇 軾(そ しょく 1037〜1101)の漢詩『春夜』の一節が元と言われています。

春宵一刻直千金 花有清香月有陰
意味:春の夜は僅かな時間でも千金の値打ちがある。花の香りは清らかで、月はおぼろに霞がかっている。
 さあ、今月の歌はいかがだったでしょうか。春の到来を祝す、心躍る一曲です。日本の桜が恋しくなりますね。

この曲、聴いてみませんか?
声楽家による「花」、桜の映像と共に是非お楽しみください。
動画はこちら