カリフォルニア大学サンフランシスコ校客員講師
倉治 竜太郎 歯科医
アメリカにはスマイル美人が多いですが、医療費が高額なアメリカでは歯の美しさを維持するのも大変です。大切な歯を健康で保つために、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の倉治先生に、歯周病についての基礎知識とセルフケアについて聞いてみました。歯周病の適切な予防を心がけて、美しいスマイルを保ちましょう!
◆くらじ・りゅうたろう
東京都出身。歯科医師。歯学博士。米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)客員講師/日本歯科大学生命歯科学講座・歯周病学講座併任助教。2019 年1 月からUCSF 口腔顔面科学分野歯周病学教室に在籍し、歯周病と全身疾患との関係解明、乳細菌由来抗菌ペプチドを応用した歯周病の予防法開発などに関する研究を行っている。
◆歯周病とはどんな病気ですか?
歯周病は、炎症によって歯を支える歯茎や骨(歯周組織)が痩せていく病気で、「歯肉炎」と「歯周炎」に大きく分類されます。「歯肉炎」は、炎症が歯茎に留まっている状態で、歯茎の腫れと出血などの症状が出ますが、適切な口腔ケアにより完治が可能です。一方「歯周炎」は、炎症がさらに骨を侵食して溶かしてしまう状態で、こちらは元通りに治すことができませんが、治療することで歯周病の進行を食い止めることができます。歯周炎がさらに重症化すると、歯の動揺を自覚する様になり、最後には歯が抜けてしまいます。炎症が強いと歯茎から膿が出てくることがあるため、昔は「歯槽膿漏」とも呼ばれていました。歯周病は、虫歯と並ぶ口腔の二大疾患とされ、世界で最も多い感染症としてギネス記録に認定される程(成人の約8割)、どなたでも罹患する可能性がある身近な病気です。
◆歯周病の原因はなんですか?
歯周病の一番の原因は、「プラーク(別名:歯垢)」です。プラークは、口腔内の細菌が歯の表面に集まって巣を作ったもので、見た目は、白黄色のネバネバした食べカスの様な物質ですが、中に1グラムあたり約1000 億もの大量の細菌が住んでいます。プラークの量が増えて成熟してくると、細菌の種類や数も徐々に変わっていき、その中でも「歯周病原菌」と呼ばれる細菌種は、歯周組織に悪影響を及ぼす毒素と能力を持つことが様々な研究で明らかになっています。また、歯石は、プラークが唾液中のミネラルと反応して石灰化したもので、それ自体に毒性はありませんが、表面がザラザラしているためプラークがさらに付きやすくなってしまいます。
病原菌に対し、私達自身が持つ生体防御システムは、様々な免疫細胞や連絡物質を迅速に動員して、これらの有害細菌を排除するために働きかけます。しかし、細菌と免疫細胞が闘った結果、その戦場となった歯周組織は焼け野原の様に破壊されてしまいます。この両者の戦いの過程が「炎症」であり、組織が受けたダメージは歯茎の腫れや出血など歯周病の症状として現れます。この炎症が何度も繰り返される内に、破壊の影響は歯茎から骨へと広がっていくという流れが、歯周病進行の簡単なプロセスになります。
◆歯周病の治療はどんなことをしますか?
原因物質であるプラークと歯石の除去が、歯周病治療の基本です。具体的には、患者さんご自身に適切な口腔清掃を毎日行っていただくことが一番大事なことですので、歯磨きのトレーニングや、正しい補助清掃器具の選択(デンタルフロス、歯間ブラシなど)が、治療の最初のステップです。歯周病の場合は特に、歯茎の際(きわ)や歯との間にある溝のプラークをしっかり取ることが大事で、毛先を歯茎側に傾けて、歯の一本一本を細かく丁寧に磨いていただきます。
次に、歯ブラシでは取ることができない歯石を、私たち歯科医師が特殊な器具を使って除去します。歯周病が進行すると、歯と歯茎の境目の溝が深くなり「歯周ポケット」を形成するため、この深いポケット内にあるプラークも積極的に掃除していきます。多くの場合は、これだけでも歯周病の改善が期待できますが、歯の部位や形、ポケットの深さなど色々な要素が関係して、治療の効果がうまく得られないこともあります。そうしたケースでは、歯周病の原因を徹底的に除去するため、さらに踏み込んだ選択肢として外科手術をご提案することもあります。 歯周病の進行状態は、お口の中全体で均一ではなく歯ごと部位ごとに違っていて、治療に対する反応性もバラバラです。そのため、治療の各ステップごとに歯周ポケットの深さや出血のし易さを検査して、口腔内の正確な病状を記録・評価しておくことが大切です。また、歯周病は一度治療しても、歯磨きが上手くいっていないと再発する可能性があるので、定期検診には継続していらしていただき、その後の健康状態を維持する所までが歯周病治療の一貫になります。
◆歯周病になるとどんな健康のリスクがありますか?
歯周病は、糖尿病や動脈硬化、関節リウマチ、アルツハイマー型認知症、脂肪肝炎など様々な全身の病気を悪化させるリスクになることがわかっています。その理由として、歯周病にかかった歯の周りの組織から、歯周病原菌と炎症物質が血液中に入り込んで、身体中の臓器や循環器系に作用するメカニズムが挙げられます。実際に、歯周病患者さんの血管や関節、脳などでは歯周病原細菌が高い頻度で検出されているため、この説の裏付けになっています。特に糖尿病と歯周病の関係は深く、糖尿病の患者さんに歯周治療を行うと、血糖コントロールの検査値であるHbA1c や空腹時血糖値が改善したという報告が多く見られます。また、最近の研究では、唾液と一緒に飲み込まれた一部の歯周病原菌が腸内細菌の構成を変化させて、肥満や糖尿病などのメタボリック症候群に間接的に関わる可能性も指摘されています。
歯が揺れたり抜け落ちるようになると、歯の機能に直接関わる咀嚼や発声にも影響が出てくるので、ご飯が食べづらい、喋りにくいといった症状を感じることもあります。人目が気になり笑顔で喋れなくなったという患者さんも多く、歯周病は身体的な健康面だけでなく、精神的にも強く影響していると思います。
◆アジア人は歯周病になりやすいというのは本当ですか?
歯周病の重症度が他の人種と比べ白人で低いことを報告した研究はありますが、アジア人が特に歯周病になり易いというわけではありません。歯周病の人種民族差は、口腔内細菌の種類と免疫力の違いに加えて、食習慣、歯科治療と予防への理解、社会経済的要因など日常的な口腔清掃に関わる複数の文化的背景が影響していると考えられます。 また、人種差とは違いますが、喫煙習慣と糖尿病は歯周病を悪化させる重大なリスクになるため、そういった方が多いコミュニティでは、歯周病が重症になりやすい傾向が認められます。
◆女性の方が妊娠などの影響で歯周病になりやすいのは本当ですか?
妊婦さんに起きやすい歯周病を特に「妊娠性歯肉炎」と呼びます。一般的な歯肉炎に比べて、歯茎の腫れや赤みが目立ち、出血しやすいのが特徴です。この原因としては、妊娠に伴う女性ホルモンの増加が歯周組織の炎症を増幅すると考えられています。また、歯周病原菌の一種であるPrevotella intermedia(プレボテラ・インターメディア)は、女性ホルモンを餌にして口の中で増殖することが分かっています。一方で、妊娠期の歯周病は、お腹の赤ちゃんや出産にも影響を与え、早産・低体重児出産のリスクに繋がる可能性が指摘されていますが、過度に心配される必要はありません。妊娠性歯肉炎が発症する背景には、元々の口腔清掃不良による歯肉炎の存在があるので、お口の中を綺麗に保つことで通常は多くの症状が改善します。妊娠中、いつもと違う歯茎の特徴に気づいたら、歯科医師に相談して適切な診断を受けましょう。
◆歯周病になりやすい人は治療しても他の歯も感染しやすいって本当ですか?
「歯周病になりやすい人」というご質問からは少し外れますが、過去に歯周病(特に歯周炎)になった既往をお持ちの方は、口腔清掃状態が不良な場合、治療後も再発する可能性が高いです。また、歯周病が重症化しやすい方が、患者さん全体の1割程度は存在すると言われています。
逆に、歯周病のある歯から、他の健康な歯に無条件に感染が広がるということはありません。あくまで、きちんと口腔清掃をされていない歯が新たな歯周病の危険に晒されているので、普段の丁寧な歯磨きやフロスの使用を心がけていただくのが、歯周病の予防には一番です。
◆歯周病予防になる食事があれば教えてください。
乳酸菌やビフィズス菌など生きた善玉菌を食品として摂取する「プロバイオティクス」が、歯周病の予防に期待されています。プロバイオティクスには、ヨーグルトや納豆、キムチなど色々な発酵食品が含まれ、体内の微生物のバランスを改善したり、ヒトの免疫力を向上させる作用があります。最近では、歯周病原菌を抑制する能力を持つ乳酸菌が発見され、これらの善玉菌をヨーグルトやキャンディに添加した製品も販売されています。
ただし、科学的には、プロバイオティクスの歯周病予防効果はまだ研究段階にあるので、あくまで補助的な影響と考えて純粋にお食事を楽しまれるのが良いと思います。
◆家庭でできる虫歯、歯周病、口臭予防について教えてください。
やはり、毎日丁寧に歯を磨き、出来ればデンタルフロスや歯間ブラシも利用して、隅々までプラークを除去することが重要です。虫歯の発生には、主にミュータンス球菌群と呼ばれる虫歯菌が関与しますが、プラークの中に住みついて糖を分解し、酸を作ることで歯を溶かします。また口臭は、虫歯と歯周病が原因になることも多いため、良好な口腔清掃状態を維持することが、結果として口の中の様々な病気を予防することに繋がります。これに加え、虫歯に対しては、フッ素入り歯磨き粉の使用や砂糖の摂取制限、キシリトールガムを噛むことなども予防効果があります。具体的な予防法については、かかりつけの歯科医師や衛生士さんに是非相談されてください。
◆インプラントのメリット/デメリットを教えてください。
歯科インプラント治療は、歯が抜けてしまった部位に対して人工歯根(インプラント体)を骨の中に埋め込む治療法です。インプラント体は直接骨に接着しているため、通常の入れ歯に比べて、安定した噛み合わせを得られ、ご自分の歯で噛んでいる様な感覚で使用できるのがメリットになります。ブリッジの様に両隣の歯を削る必要もありません。また、部分入れ歯では、支えになる歯に設置した掛け金(クラスプ)が口元に見えてしまう可能性がありますが、インプラント治療はより良い審美性を得られるのもポイントです。
一方で、デメリットとして、インプラント体を埋め込むために手術が必要なこと、骨の治癒を待つために全体の治療期間が半年〜1年と長くなることが挙げられます。コスト面でも治療費が高額になりがちです(日本は医療保険の適用外)。ここで強調しておきたいのは、人工のインプラント歯であっても、天然の歯と同様に歯周病になる可能性があり、これを「インプラント周囲炎」と呼びます。原因は、基本的にプラークの蓄積と考えられるので、歯周病と同じく、丁寧な歯磨きを続けることで予防できます。しかしインプラント周囲炎は、歯周病に比べて症状が現れにくく進行が早いため、治療後も定期検診に通って早期発見・治療を行うことが重要です。
◆電動歯ブラシの方が手動で磨くより良いのですか?
手用歯ブラシと電動歯ブラシを比べて、プラークの除去効果に明確な違いはありません。電動歯ブラシは毛先が振動するため、手用歯ブラシでは届きにくい奥歯や歯間部、深い歯周ポケットなどの広範囲に効果があると思われがちですが、実際に科学的検証をすると臨床的な有効性が認められていないのが現状です。やはり、物理的な力によって毛先で直接プラークをこそぎ取ることが重要で、手用と電動のどちらの歯ブラシを使用される場合でも、使い手の技術や熟練度に受ける影響が大きいのだと思います。ただし、電動歯ブラシの利点として、音波振動や回転の動きにより効率的にプラーク除去を行えるため、歯磨き時間の短縮には役立ちます。
◆市販で売られているウォーターピックはどのくらい効果があるのでしょうか?
ウォーターピックは、元々米国WaterPik社が販売する口腔洗浄器具の商品名を指しますが、最近では他社製の類似機器も含めた一般名称としても用いられ、学術的には「脈動ジェット水流式口腔洗浄器具」と呼ばれます。コンプレッサーで水圧をかけて発射されるジェット水流によって、歯ブラシによる歯磨きだけでは取ることが難しい、歯間や歯周ポケット内の食べカスと一部のプラークを除去することができます。しかし、水流が直撃しない部位への効果が弱く、歯の場所や形、ウォーターピックを当てる角度などの関係で、全てのプラークを除去出来るわけではないため、歯磨きとフロッシングに併用して使用するのがオススメです。
◆どのような市販の歯ブラシ、歯磨き粉、歯周病のための医薬品を選べば良いですか?
歯ブラシのヘッド部のサイズは奥歯までしっかり届くよう、頬の粘膜や舌に邪魔されず、大き過ぎないものが理想です。毛先の柔らかさは普通で良いのですが、歯周病の治療後などは、歯茎を保護する目的で柔らかい歯ブラシを使っていただいてます。電動歯ブラシについても同様です。薬用歯磨き粉には、抗炎症作用や抗菌作用のある有効成分が入っており、プラーク形成を抑制して歯周病の初期段階(歯肉炎)を予防したり、歯茎の腫れや出血を消退させる補助的効果を期待できます。化学合成成分だけでなくハーブや漢方の様な生薬ベースのナチュナルな成分を配合した歯磨き粉もあります。どれが良いかを決めるのは難しいですが、一部の歯磨き粉は医薬品として認可された製品もあるので、味や香りなどの使用感も含めてご自身にあった歯磨き粉を選択していただくのが良いと思います。また、歯磨き粉の研磨剤はプラーク除去を促進するのに役立つ一方で、歯磨きの頻度や押し当てる力によっては逆に歯と歯茎を傷つける恐れがあります。歯ブラシの毛先がしっかりと当たっていればプラークは取れるので、心配な場合は、研磨剤フリーの歯磨き粉を試してみてください。
◆毎日の努力が美しいスマイルへつながる!
by J weekly
以上、倉治先生に歯周病の基礎知識と治療法、予防方法について詳しく伺いました。やはり、毎日の歯磨きがとっても大事なのですね。正しい歯の磨き方を学び、フロスや歯磨き粉などをしっかり厳選して、大好きな音楽をかけてお気に入りの時間として楽しみながら、毎日続けていきましょう!