米国法律のプロフェッショナルに聞く
また、今年も相続の記事を書くことになりました。毎年、相続のことばかりですが、人には必ず死が訪れます。自分の人生は本人次第ですので、その人の好きにすれば良いですが、自分の死後、残された家族や友人に迷惑をかけるのは本意ではないと思います。前回もいくつか、例題を使って相続の問題を考えましたが、今年もいくつか、例を使って考えてみましょう。
1. どうせ独り身だし、エステートプランニングなんて必要ないでしょ?
まだ、独身だし、相続の準備なんていらないんじゃないかな?とか、夫も他界して、子供も巣立っていったから、今は気ままだし、相続のことなんて考えなくても、子供がいるから大丈夫、と言った話はよく聞きます。たしかに、友人はいるが、一人で気ままに生きる、という方も多いと思います。ただ、コロナ禍で不安になったり、やはり死者数などを見ると、否が応でも「死」について考える機会がこのところ増えました。ですので、エステートプランニングについても、考える方が増えているようです。ただ、自分ひとりで生活していて、一つ屋根の下に家族がいないと、一体なんのために相続のことを考えなければいけないのか、ということになってしまい、先延ばし、ないがしろ、になるものです。それは仕方がないことだと思うのです。
エステートプランニングという言葉の意味ですが、かっちりとした法律用語ではありません。どちらかというと、相続に向けて行う準備の総称です。弁護士などによっても使い方がマチマチだったりしますが、要は、自分の終活のための準備だと考えられておけば良いと思います。エステートプランニングには、いくつか法律的な書類が考えられます。一つは信託(トラスト)、それから、遺言です。トラストや遺言の詳細については今回はここでは考えませんが、この2つの役割はほぼ一緒で、皆さんの「死」を契機として、皆さんが所有している財産を分配する指針になる書類です。また、葬式はどうしたいのか、とか、私の車は誰々に、私の指輪は誰々に、といった細かい指示もトラストや遺言でできます。トラストと遺言の違いで知っておいた方が良いことがあります。遺言は皆さんの「死」を契機に皆さん自身から、他人(団体もありえます)に、財産が移動することを定める書類です。皆さんの「死」が発生すると、遺言がその時点で発動するというイメージです。一方でトラストというのは、フレキシブルで、原則として、「死」の時点だけではなく、自分の決めておいた構想をたとえ死後であっても、自分の好きなときに発動できるのです。イメージ的な話をすると、トラストは会社に似たようなもので、皆さんが生存中に設立できます。そうすると、皆さん自身が社長で株主なので、自分の好きに財産を使ったり、移動したりできるので、まったく自分の財産である感覚と変わりません。ただ、会社みたいなものであるということが特性なのです。社長が死んでも会社というのはなくなりません。次の社長を選び経営すれば会社は存続しますよね。本田宗一郎が死去しても、ホンダはそのまま残ります。信託も似たようなもので、皆さんが他界することを契機に、社長(トラストの管理者)が変わります。そして、その社長はトラストに書かれている内容に縛られます。すぐに、財産を分配するように書かれているものが多いですが、そうすると、遺言とあまり変わりはありません。一方で、死後にも色々財産の操作をしたい場合があります。「孫にお金をあげたいが、まだ1歳、なので25歳になったらもらえるようにしたい」、という場合トラストをつくり、お金はお孫さんが25歳になるまで、金融機関で管理してもらう、ということにもできます。また、「私の死後、飼っている犬にあげたい」という場合もあるでしょう。遺言では、人や団体にお金を渡すことはできますが、犬は自然人や法人ではないので、遺言では対応できません。遺言でお金を渡す先は、自然「人」か法「人」のように人格がなければならないのです。犬は人格を取得することができません。ですので、たとえばトラストを作成して「私の死後、○○さんに家の管理をしてもらいつつ、犬の面倒を見る人をあてがってもらい、犬の世話を続けてもらう。犬が他界したら、財産を売って、家族の△△に分配する」といった変則的な財産の譲渡方法も考えられるのです。このように、遺言とトラストは違う性質を持っているのです。理由はここでは書きませんが、私は遺言とトラストを両方つくっておくことをおすすめしています。2つの違いを利用できるからです。まずは、トラストと遺言がエステートプランニングの根幹になるのです。
トラストと遺言に加え、あと2つアメリカでは作っておいた方が良い書類があります。財産に関する委任状、と治療に関する委任状です。皆さんが死亡しているかどうかわからない場合があります。そのような事態をカバーする書類です。たとえば、飛行機が墜落して行方不明、という場合や、事故で植物人間状態になったような場合です。財産に関する委任状は、皆さんが不在のときに、税金を払ったり、家賃を払ったり、マネーマネジメントをしてくれる人を指定する書類です。治療に関する委任状は、植物人間状態になったときに、医師が助からないと判断したときに、然るべき処置を指示する人を指定しておくものです。この2つも合わせてエステートプランニングに私は含めています。なお、トラストにも委任状と同じような効力があり、皆さんが生存中に本人に代わりトラスト財産をトラストの管理人が管理することも可能です。
少々、エステートプランニングを掘り下げましたが、さて独り身の方は、わざわざこのような書類をつくっておくべきなのでしょうか。弁護士として実務に携わる私としては、つくっておくべきだと思っています。決して、営業しているわけではなく、私に依頼しないと、どうのこうのという邪な心で言っているわけではないのです。実は、20年以上相続に携わっていると、「まいったなぁ」という事態に何度も出くわしているのです。そして、その「まいったなぁ」というケースは、すべてエステートプランニングがないケースなのです。誰かが死亡した。遠い親戚から回り回って私に依頼があるケースがあります。そして相続に関する書類もまったくない、という場合があるのです。そうすると、残された人たちは大変です。生前に決めてないことを、死後に他人が裁判所を通して決めたり、相続人を探したり、などという途方もない労力を要することになるのです。また、下手に財産が残って、トラストがないと、法定相続という裁判所を通した手続がはじまります。これは揉める場合があります。私も、10年くらい付き合って高裁まで行ったような事件を思い出してしまいました。
このように、自分の死後の処理も考えていただくと、残された親戚や裁判所、弁護士などにも迷惑がかからないのです。それが終活の一部でしょうか。不慮の事故などもありますが、このところはコロナという人類の敵が人間に死を考えさせます。人生どうなるかわかりませんので、元気なうちにやってしまうことも考えてください。
2. 死について考えること
人間は病気になったときに、健康に感謝するという話はよく聞きますが、死については、死んでしまうと感謝もできないですから、「死んだときに何をするのか」というのは、なかなか考える機会がないし、考えたくないものではあります。キリスト教文化が根強いアメリカでは、過去よりも、とにかく未来に何を残すのか、ということを積極的に考えますから、気軽にエステートプランニングのことを話題にします。日本では「死」というのを考えるのは、若干今でもタブー気味で、幽霊の話をすると、幽霊がよってくる、なんていう考え方も持っている人も多いと思います。自分の「死」というものを具体的に考えることは嫌だな、と思われる方もたくさんいると思います。そういう方は、見方をかえて、たとえば100年後の未来に何が残せるのか、という未来志向を持っていただきたいのです。財産が多い少ない、子供がいるいない、ではなくて、自分としては未来になにができるのか積極的に考えられると良いかも知れません。Willというのは遺言という意味ですが、もともと心から出る意思ということですよね。ですので、自分の意思を少しでも将来に残す、というのは人間として素晴らしいことだと思います。
では、いつエステートプランニングをするべきか、ということですが、はやくやっておいたほうがよいことは間違いありません。ただ、急いでやって何がどうなる、というものでもないので、たとえば、結婚、出産、親の死亡など家族関係に変化が生じたときに、考えるきっかけにすれば良いと思います。また、親しい人の死亡などによって、人の振り見て我が振り直せ、ということもありえるでしょう。友達や家族・親戚から、話があがったら考えてみても良いのではないでしょうか。
今回想定したような具体的な読者からの質問にお答えする「法律ノート」(www.marshallsuzuki.com/jslaw/)という毎週配信しているコラムがありますので、色々な法律の質問をいただければと思います。
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