第41回 アメリカのコンサヴァトリー (音楽院) について <ジュリアード編>

 みなさま、こんにちは。シリコンバレーでピアノ教室を主宰している、有座なぎさです。「音楽教育のススメ」と題したコラムを毎月第四週目に担当させていただいています。

 これまで、一般大学の音楽プログラムについてと、ダブルメジャーで学べるプログラムについては、このコラムで取り上げてきましたが、音楽の単科大学である、Conservatory(コンサヴァトリー、音楽院) については、取り上げる機会がありませんでしたので、これから数回に渡り、コンサヴァトリーの紹介をしていきたいと思っています。

 今回は NYにあるジュリアード音楽院についてです。ジュリアードという名前は、音楽にあまり詳しくない人でも知っているほど、有名なコンサヴァトリー (音楽院) ですね。音楽院というと、日本人の感覚としては、どこか専門学校的な、きちんとした大学という教育機関でないような印象を与えがちですが、アメリカのコンサヴァトリー(音楽院) は、立派な大学です。ミュージック・コンサヴァトリーは、日本でいうところの音楽大学となります。

 受験に際しては、一般大学と同じように、SAT/ACTなどのテストスコアも提出しなくてはなりませんし、GPAや高校からの推薦状なども必要です。卒業時には、学位も取得できます。The Juilliard Schoolには、音楽科の他に、ダンス科とドラマ科があり、音楽科と同じビルを共有しています。

 ジュリアードの校舎は、NYマンハッタンの一等地、リンカーンセンターの中に立地しており、NYフィルの本拠地であるDavid Geffen Hall、NYCバレエのKoch Theater、メトロポリタン・オペラハウスなどが隣接しているという、まさにパフォーミングアーツの拠点としてこれ以上ないほど、恵まれた環境です。また、ジュリアード音楽院の隣には、Alice Tully Hallがあり、さまざまな音楽会の他、コロナ禍以前は、卒業式もここで行われていました。

Lincoln Center全体像 写真右端の建物がジュリアード音楽院

 ジュリアードの音楽科の生徒総数は、約600人で、この中には、アンダーグラッド (学士過程)、マスター (修士課程)、AD (アーティスト・ディプロマ)、ドクトラル (博士課程) などが含まれています。ジュリアード音楽院に入学するためには、他の音楽大学や一般大学と同じように、大学受験のプロセスを経なくてはなりませんが、その中でも最も比重が大きいのが、やはり実技試験です。(音楽大学の実技試験については、同コラムの第13回〜15回で詳しく記載していますので、ご興味のある方は是非そちらをご覧ください) 毎年の合格率は、5〜8%で、カーティスの4% (2021年) には及ばないものの、NEC (New England Conservatory) の36.3% (2021年) に比べて、はるかに難関です。2021年度の学費は、$51,230、寮費などの諸費用を全て合わせると、8万ドル以上かかります。これは、他の私立音楽大学と比べて、NYのマンハッタンという立地を考慮しても、特別に高額というわけではありません。

NY マンハッタンにある、The Juilliard School エントランス

 ジュリアードの校風を一言で言えば、Competitive。この一言に尽きます。もちろん、世界各国から一流の音楽家になることを目指して、優秀な学生たちが集まるわけですから、それも納得できますが、ピアノや弦楽器専攻の学生たちは、圧倒的に東洋人が多く、日本人もちらほらいます。少し前に日本で話題になった、廣津留すみれ (2016-18, Violinでマスターを卒業。敬称略) もジュリアードの卒業です。卒業生名簿を見ると、作曲家の一柳 慧、バイオリニストの五嶋みどりや漆原朝子、樫本大進、川久保賜紀、西崎崇子、ピアニストの故中村紘子、小川典子、チェリストのヨー・ヨー・マなど、錚々たる顔ぶれです。

 ジュリアード校内には、いくつかのホールがあり、主なリサイタルホールとして、Paul Hall, Morse Hall、その他オーケストラのリハーサルやパフォーマンスが行われるPeter Jay Sharp Theaterもあります。また、前述のAlice Tully Hallでコンサートが行われることもあります。

 練習室は、ワンフロアに100室以上を備え、その全ての部屋にスタインウェイのグランドピアノが備わっています。以前は、練習室に荷物と学生証を入れたまま、長時間、部屋に戻らない学生が多くいて、実際に部屋は空いているのに練習室が使えない、という問題が起こっていましたが、現在では、すべてコンピュータシステムにより、部屋の予約から使用時間、またトイレ休憩の時間までキッチリ管理され、練習室の使用が格段に公正になりました。

 ところで、読者のみなさんは、ジュリアードが初の分校を中国に設立したのをご存知でしょうか。ジュリアードといえば、1905年の創立以来NY・マンハッタンにその拠点を置いてきましたが、昨今の国際コンクールでのアジア勢の躍進を受け、また中国からの留学生数が、 国・地域別で長らく最多となっていることや、習近平夫人で歌手の彭麗媛(ポン・リーユェン)夫人の熱烈なラブコールもあり、2015年に天津ジュリアード音楽院の設立を決定。2020年 9月に開校しました。募集は修士課程生 (2年間) とプレカレッジの二部門のみで、4年制の学部過程はありません。現在は、音楽科のみの開設に留まっていますが、将来的には、ダンス科やドラマ科の専攻を設ける可能性もあるそうです。

中国・天津ジュリアードの校舎 Photo by Zhang Chao

 海外初のジュリアード分校の設立で、今後にますますアジア人の勢いが増すことは間違いないでしょう。

天津ジュリアード内のコンサートホール Photo by Zhang Chao