齊藤 由香さん
アクティビスト・翻訳家・ワークショップファシリテーター
◆ Yuka Saito プロフィール
京都出身、バークレー在住。日本で薬剤師として勤務したのち、立命館大学大学院に進学し、心理学と 哲学を専攻。その後サンフランシスコ CIIS(California Institute of Integral Studies)に留学。現在は 日本およびアメリカで環境運動・女性のエンパワメントに積極的に関わるとともに、関連書籍および映 像の日本語翻訳を行う。2011 年より米国の仏教哲学者・社会活動家であるジョアンナ・メイシーに師事 し、2014 年以降彼女が生んだ「つながりを取り戻すワーク」のワークショップを日本で開催。社会や世 界の痛みに対する気づきと行動をうながし、新しい世界観や価値観にもとづいたコミュニティ作りを目 指している。書籍翻訳に『センサリーアウェアネス:つながりに目覚めるワーク』(ビイングネットプレス)『カミング・バック・トゥ・ライフ:生命への回帰』(サンガ )。映像翻訳に『ジョアンナ・メイシー&グレー ト・ターニング』『プラネタリー』『ジャーニー・オブ・ザ・ユニバース (仮題 )』がある。また英語では『A Wild Love for the World』(Shambhala)、Deep Time Journal (2017.May) にエッセイが収載されている。
インタビュー・文章:飯島有輝子[email protected]
バークレーを拠点に、アクティビスト・翻訳家・ワークショップファシリテーターとして活躍する齊藤由香さん。日本で薬剤師として働く中で感じたものや、仏教哲学者ジョアンナ・メイシー氏が生みだした「つながりを取り戻すワーク」のワークショップを開催する彼女に、広い意味での「癒し」について、Jweekly が様々なお話を伺い ました。
―日本では薬剤師として勤務、そこで気になった現象
もともとは薬学部を出て京都で薬剤師として大学病院や調剤薬局で仕事をしていました。薬学の専門知識を活かしながら、色々な症状の人や曜日ごとに変わる外来の患者さんをみていく中で、次第に「この曜日、ちょっと気になる」と心に引っかかりを感じるようになってきました。特にそう感じたのは精神科と婦人科の患者さん達と、その投薬方針でした。当時、更年期の一般的な治療法は低用量の女性ホルモンを服用することでしたが、通常ホルモンが安定する 歳になってもずっと同じ薬を処方されている現実。そんな中で、本当の意味での「治癒」を問い続けた日々でした。以前は、病院とは病気の時だけ行き、治ったら行かない、というイメージを持っていましたが、実際に働いてみた現実はその逆でした。婦人科・精神科の両ケースに関係しているのは「心のしんどさ」「生き辛さ」と気付いた結果、自然体で健康に生きること・人の全体を診ることを学ぶ為に立命館大学大学院に進むことにしました。
―「人を癒す」から「地球を癒す」にライフシフトしたきっかけ
大学院では心理学と哲学を専攻し、そこで出逢ったのが「ソマティック」(※注 1)と それを教えていた指導教官、村川治彦先生(ハルさん、現関西大学人間健康学部教授) です。彼がサンフランシスコにある CIIS(カリフォルニア統合学研究所)(※注 2)の卒業生だったことから、CIIS への留学機会に繋がっています。ハルさんがカリフォルニアから日本に戻り、立命館大学で教え始めたときに出逢い、彼を通じて現在日本での活動を共にしている東京工業大学の中野民夫さんとも繋がっています。ハルさんの影響から「センサリーアウェアネス」(※注 3)という概念を学びました。これは、いま座っている体重がどこに向かっているか、足の裏を感じる、等自分の感覚に徹底的に注意を向ける学問です。これはヴィパッサナ(※注 4) の考えにも通じています。これを徹底して練習していく中で、落ち着き、いまここ、グラウンディングを感じる。その結果としてセラピー効果も生まれると言われています。
哲学や心理学を学び始めた際に、「私は、私は」という「問い」を突き詰めた先に確実で不変である「これが私だ!」という答えに辿り着けると思っていましたが、突き詰めれば突き詰めるほど「私」がどこにもいない、その時々によって全然違うということに気付いてきました。どの時の私も私。でもこれでは私という不変なものにならないのではないか、という思いに変化しました。心理学・哲学の学びに助けをいただいて「不変はない」=「いつも変化している」ことに気が付き、その時々の「関係性」によって自分というものは変わるモノだと知りました。その結果、いまの社会の在り方や世界がどんな状態にあるかについて「自分ごと」としてとても密接に感じ始め、興味の対象も「個人の癒し」から「社会・世界の癒し」へと変化していきました。薬剤師として個人を癒すことから、地球や社会の癒し手となることへシフトしていきました。
― 異文化の中に暮らして思うこと・アジアンヘイトについて
いま、自分がバークレーに住んでいることに大きな意味を感じています。異なる文化に身を置き、多様な価値観のなかに暮らすことで、社会のこと・今まで知らなかったこと・日本に居たら気付かなかったことに否が応でも気付いてしまうからです。社会的マイノリティーとして生きるということを肌で理解することが出来るようになりました。アメリカに暮らすことはラッキーな経験も多いけれど、アンチアジアンクライムなどほぼ全員が経験し、ネイティブではない言語のことを日々意識せざるを得ない状況によく気付くようになりました。自分の中の思い込みが変化し、人を信じられるかどうか(ポジティブな意味も含め)、世界は同じではなく違っているということが分かってきました。自分が自分で居ることでヘイトされる、という社会に住んでいることは、逆にいうと、既成概念に囚われず柔軟な発想で対応することを学んでいる気がしています。この経験を通して、改めてコミュニティー(町内会)の力を再認識しています。町内会は実際行き来することのできる関係性で、助け合うことが出来るのが素晴らしいと感じています。
―ライフワークについて、アフターコロナ時代のやさしさとアクティビズム
薬剤師としての「個人の癒し」から、「地球と社会の癒し」へシフトしています。傷ついた関係性に気付き、ケアをしていく人になりたい。師と仰ぐジョアンナ・メイシーさん(※注 5)から学んだ People who Careを実践していきたいです。これからのアクティビズムとは、熱い「想い」と他者や社会に対するやさしさの「実践」を両輪として行動する人として捉えています。それは、自分を犠牲にしたり、社会の枠組みと戦ったりするだけのアクティビストではなく、この人を大事だ、海の生物を大事にしたい、そんなやさしさと思いやりのための行動を選択するアクティビスト達。日本にも情熱的に思いやりをもって行動する人たちがたくさんいますが、日本社会全体としてまだまだそういう人たちの行動や想いに注目されていない気がします。「アクティビスト」という概念の捉え方の違いが日米で非常に大きいことを感じているのと同時に、肩のちからを抜いた、素敵なアクティビスト達が日本にもたくさんいることをもっと沢山の人たちに知ってもらいたいです。
―ユニークな学び場、サンフランシスコにある CIIS とは
サンフランシスコにある CIIS に 1年間、大学院生の時交換留学しました。とてもユニークな大学で、心理学、哲学や Integral Health(ホリスティックヘルス)や、Jungian Psychology(ユング心理学)を東洋的な視点で観る Somatics(ソマティック)のクラスを受講しました。Integrative Health の初回クラスで驚いたのは、中世の Witch medicine(魔女たちが使っていた癒しの方法)を学ぶクラスです。薬学=魔女、が最初結びつかなかったのですが、確かに「癒し」を広義でみると、「世界の伝統」と「豊かな癒し」の統合だと感じ、ハッと目が覚めた気がしました。CIIS での授業がきっかけとなり、のちに漢方を学ぶことになりました。パートナーであるショーンさんは、CIIS でIntegral Ecology を教えています。これは Deep Ecology(※注6)の流れをくみ「人間に利する」という視点で環境や環境活動に取り組むのではなく、生態系の一員としての「人間」に焦点を当て、人間中心主義によって引き起こされている現在の環境破壊や気候変動へと目を向けることを指します。海の問題も、森林問題も、人間に突き付けてくるのと同時に、時間的なもの、空間の広がりが産まれてくるものです。皮膚で囲まれたひとつの生命体が私、と捉えるのではなく「私」というものがアイデンティティーを広げられる、という大きな概念のなかでの「自分」と「自分以外の生物との関係性」を捉えることを掘り下げていく学問です。
―日々の暮らしの中で大事にしていることは?
好きなこと、毎日していることは本を読むこと。本を読むことで想像力を生き生きとさせておくことが大事と感じています。 自分のできる経験は人生でひとつ、冒険向きの性格ではないが本のなかで冒険することが出来る物語が好きです。寝る前に読むことを習慣としていて、日本語で読むのが好きです。日本語の美しさにとりこになっています。バークレー繋がりで、バークレー生まれの作家アースラ・ル・グウィンさんの「ゲド戦記」、梨木香歩さんの「家守綺譚(いえもりきたん)」、上橋菜穂子さん「鹿の王」などがオススメです。本好きのため、日本に行く際に古本屋さんで買って箱に詰めて、SAL 便でアメリカに送っています。
―日本に住む・世界に住む日本人へのメッセージ
東工大中野民夫教授がジョアンナ・メイシーさんに言われた「集いあい、問い合うことが力です」という言葉です。どうせ解決できないと投げてしまわないことが大事だと思います。ひとつひとつ、目の前の関係性を大事にすることから始めましょう。
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※注1:ソマティックとは
「soma= 生き生きとしたカラダ」が語源。心身の統合に関する領域のひとつ、言葉のみではなく、相手に触れたり、身体を動かしたり、身体の感覚に注目しながら人の根幹から癒す。身体へのアプローチ から心を癒し、また、心の改善から身体の改善を促していくのが特徴。
※注2:CIIS(California Institute of Integral Studies)
https://www.ciis.edu/
※注3:センサリーアウェアネス(Sensory Awareness)とは
体験・実験・実践を通して感じ・気づくことを大事にする方法。感覚を鋭敏にすることで今まで疑いもしなかったこと、生きていくうちに知らずのうちに身に付けてきた「条件付け」に気付くという考え方。
※注4:ヴィパッサナ(Vipassana)とは
瞑想法のひとつ、仏教を根幹とするが「瞑想」のみに特化した方法。 カリフォルニアや日本にもヴィパッサナ瞑想 10 日間コースが開催されている。
※注5:ジョアンナ・メイシー(Joanna Macy)について
著述家・教師/仏教研究者、システム理論研究者、ディープエコロジー研究者。60 年間に及ぶ活動家としての経験で培われた学びと学術的知識を相互に織り交ぜ、平和運動、社会 正義運動、エコロジー運動の分野で尊敬を集めるインフルエ ンサー。『カミング・バック・トゥ・ライフー生命への回帰』公式サイト (activehope.jp)
※注6:Deep Ecology とは
人間の利益のためではなく、生命の固有価値が存在すると考 え、環境の保護を支持する思想。1972 年にアルネ・ネス(ノルウェー)によって提唱された。ネスによると、すべての生 命存在は、人間と同等の価値を持つ。従って、人間が、生 命の固有価値を侵害することは許されないとされる。ディー プエコロジーにとって、環境保護は、それ自体が目的であり、人間の利益は結果にすぎない。
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◆お知らせ
ジョアンナ・メイシーの「つながりを取り戻すワーク」を、齊藤由香さんのファシリテーションで経験できるオンライン・アーカイブはこちら
https://life-practice.h-potential.org/course/comingbacktolife