ジャズの本場、アメリカでの挑戦。そして、ブラジル音楽に魅せられて− 若林喜代江さん

若林喜代江さん

ジャズシンガー

◆ 若林喜代江 プロフィール

千葉県千葉市出身。獨協大学外国語学部卒業。大学時代にジャズ研で歌い始め、スイング・ジャーナルやジャズ批評社、マウント・フジ・ジャズ・フェスティバルの通訳も務め、卒業後はフランス系証券会社に勤めながらジャズの演奏活動、翻訳業を続ける。その後、新しいチャレンジを求めて渡米を決意し、スタートアップの会社を経て、Apple、Intuit、eBayなどのIT企業で働きながら演奏活動を続ける。1990年代SFベイエリアで夫が日本でも有名なバンド、VIVA BRASILでサックス、ピアノを担当をしていた事がきっかけとなりブラジル音楽を聴き始める。その後サンホゼ州立大学、カリフォルニアジャズ音楽院、カリフォルニア・ブラジル・キャンプ(毎年夏に行われる世界最大のブラジル音楽とダンスのワークショップ)で勉強を続け、数々のブラジルアーティストと交流やコラボを続けている。

 現在サンフランシスコベイエリア在住で、西海岸を中心に活躍するジャズシンガーである若林喜代江さん。日本とアメリカでのご自身の音楽活動について、ライフスタイルについてなどお伺いしました。2020年から始まったCOVID‐19 パンデミック下における音楽活動のめまぐるしい状況変化を、若林さんはどう乗り越えて来たのでしょう。
 また、ブラジル音楽研究家としての顔も持つ若林さんに、ブラジル音楽の魅力についてお聞かせいただきました。

—アメリカに来たきっかけは何でしたか?

 日本では証券会社の長時間労働で歌う時間が殆どなかったので、せめてジャズを聴けるようにと接待にジャズクラブを組み込み、都内のクラブに通い詰めました。ブラックマンデーの世界株価大暴落後日本の景気が停滞し先が見えなくなった頃、仕事、音楽、人生をジャズの本場アメリカで挑戦する事を決意し渡米しました。当時はインターネットもなく、ジャズは今よりもずっと盛んでした。

—今現在の若林さんの音楽活動についてお聞かせください。

レコーディングスタジオにて

 また、アメリカに移住して以降、日本にいた時と比べて音楽活動においての大きな心境の変化はありましたか?

 現在はパンデミックでコンサート活動は未だ開始できていないのですが、レストランやワインバーで歌っています。

4月30日(土・1〜4pm)に、サンホゼのサンペドロ・スクエアマーケット(San Pedro Square Market)の屋外ステージで無料コンサートをします。是非いらしてください。ボサノバ、サンバ、M‌P‌Bなどを演奏する予定です。そして今年はパンデミックで中断してしまったレコーディングを再開しようと思っています。

 ベイエリアに来てからは仕事とプライベートを分ける事ができるようになりました。ベイエリアには素晴らしいジャズミュージシャンが多く、演奏や数々のワークショップに参加する機会が得られるので、新しい発見と出会いに恵まれています。

—30年近くサンフランシスコを生活の拠点にされていますが、当初から現在までこのSFベイエリアでの音楽シーンはどのように変化していると思われますか?

 当初はジャズもラテン音楽も盛んでサンホゼ・ジャズ・フェスティバルの規模は今の倍くらいでしかも無料でした。また、スポンサーも多くアーティストが活躍できる場所も沢山ありました。渡米当時勤めていたアップルでのクリスマス会も盛大で、ジャズボーカルの巨匠エラ・フィッツジェラルドなどが演奏したり、シルク・ドゥ・ソレイユのショーがあったりと企業もジャズアーティストをもっと大切にしていたと思います。その後、インターネットが開発、普及し、IT業界が急成長しましたが、アーティストの活動場所は減りました。残念なことにジャズやブラジル音楽のコンサートに興味がある人は少なくなったように思います。

 ベテランミュージシャンや若く才能あるミュージシャンも沢山出てきているので、彼らの活躍する場がもっとできれば良いかと思っています。最近ではSFジャズセンター、オークランドのヨシズ オークランド(Yoshi’s)、サンタクルーズのクンブワ・ジャズ・センター(Kuumbwa Jazz Center)でライブコンサートも再開しています。お手軽な料金で楽しめますのでお勧めです。

カフェ・ピンクハウスでブラジリアンアーティストとの共演(撮影:ジャズ・フォトグラファー・峯村涼子)

—長年の音楽活動において、一番印象に残っているイベントは何でしょう。そのエピソードを教えてくださいますか?

 1996年にサンホゼ・ジャズ・フェスティバルに出演した時の事です。

   カリフォルニア・ブラジル・キャンプでのコンサート

 アメリカで初めての大きいコンサートで、ベイエリアのジャズ音楽一家、ダブソンファミリーと共演させて頂きました。アプライド・マテリアルズ(Applied Materials)がスポンサーしていた大きなステージだったのですが、緊張で足がガクガクして真っ直ぐ歩けなかったのを今でも覚えています。

 ジャズ・ピアニストである故スミス・ダブソンの娘のサーシャ(現在はノラ・ジョーンズのPuss n’ Bootsトリオでも活躍中)が「ジャガイモ畑に向かって歌っていると思えば良いのよ。大丈夫(You can do it)」と声をかけてくれ、よーしと頑張りました。幸いお客様が大声援を送ってくださり、とても感激しました。お客様の声が励みで又頑張ろうと逆に元気を頂いています。

—SFベイエリアでの音楽活動とともに、生活する上でも息抜きになるようなお気に入りの場所はありますか。プライベートでよく行かれるおすすめスポットなどありましたら教えてください。

 海が大好きなので天気が良い週末はサンタクルーズに行く事が多いです。

 カリフォルニア・ブラジル・キャンプにて

 海を眺めながらWest CliffやEast Cliffを歩く事が大好きで、私の犬の散歩コースです。East Cliffの船着場にあるアルドス・ハーバー・レストランは景観が良く、シーフード料理が美味しくとてもオシャレなレストランです。近くのシーブライト・ビーチでは今年に入ってイワシが多いらしくイルカが見れる事もあります。又ビーチでサンタクルーズのサンバダンサー達が踊っているのもキャッチできるかも。West Cliff近くのMisson Streetにあるカフェ・ブラジル(Cafe Brasil)もお勧めです。カジュアルなブラジル料理とアメリカンブレックファーストも楽しめます。どちらも海辺散歩前後のブランチやランチにお勧めです。

 遠出ができる時はカーメルのポイント ロボス州立保護区公園(POINT LOBOS STATE RESERVE)を散策し、カーメル市のダウンタウンで食事やショッピングも楽しいかと思います。ポイント ロボスはサンタクルーズとは違う景色や草花を楽しむ事ができます。近郊のホテル、The Inn at Spanish Bay, Pebble Beachのロビーでは週末(木〜日曜日)夜素晴らしいローカル・ジャズミュージシャンの演奏も無料で楽しめます。

—若林さんは2020年サンホゼ州立大学音楽部ジャズ科で修士号を取得されていますが、その時のお話をお聞かせください。

その大学での学びは、その後の音楽活動にどのように影響を与えましたか?

 楽器奏者と同じようにジャズを歌いたい一心より、娘が中学に入るのを待ってオーディションを受けました。1週間後に合格通知が届きびっくりしましたが、せっかくのチャンスを無駄にしてはいけないとの思いで挑戦する事にしました。途中でくじけそうになることもありましたが、娘の一言。「ママ、最後までやらないと後悔するよ。」に押されてなんとか卒業まで漕ぎ着ける事ができました。

 在学中は不景気で、ジャズボーカルの先生は不在でしたが、ジャズピアニストの故フランク・スマレス教授の元で勉強する事ができました。大学院での論文の数は多く、人生で一番勉強し、クラッシックの課題ではオーケストラのスコア等もあり、限界を超えて吐いてしまった事もあります。その甲斐あってかジャズをはじめ音楽そのものを深く理解できるようになりました。

サンホゼ州立大学教授フランク・サマレスのレッスン

 クラッシック、ジャズ以外でも南米音楽を勉強する機会がありとても感動しました。初めてブラジル音楽のデュオを結成したのもこの頃です。

 大変な学生生活でしたが、在学中、又卒業後も大学の教授、同僚のジャズミュージシャンと定期的に演奏する機会に恵まれ、ミュージシャンの輪がジャンルを超えて広がりました。アメリカの魅力は、新しい事を始めるのも勉強するのも自分次第で年齢も人種も関係なくチャレンジできるところかと思います。

—2020年から始まったCOVID‐19パンデミック以降、今までとは音楽活動を大きく変化せざるを得ず、特にコンサート開催については大変ご苦労されている事と思われます。従来の形態からどのように活動を変えたのでしょうか。

 パンデミック以降しばらくは音楽活動を中断することになりましたが、幸い2020年の夏からサンフランシスコのベイブリッジ前、日系レストランOZUMOで毎月屋外演奏をさせて頂く事ができました。地元のサンホゼでは仕事が全く無くなってしまいましたが、オンラインを通してブラジルや日本のアーティストとコラボができるようになり世界でのミュージシャンの輪が広がりました。最悪の状況でもポジティブに考えて行動していくと何かが開けていくと感じています。私も簡素ですが奮闘して自分のホームオフィスでレコーディングができる環境を作りました。練習する時間よりテクノロジーとの戦いの方に時間がかかってしまったという感じですが今では良かったと思ってます。

—ブラジル音楽に取り組まれるようになった、そのきっかけは何だったのでしょうか。

  レギュラー出演中のVino Localeにて(Palo Alto)

 昔からボサノバは好きだったのですが、来米時、日本でも有名なブラジリアンバンド、ヴィヴァ・ブラジル(VIVA BRAZIL)の演奏の素晴らしさに感動したことがきっかけです。又、その当時演奏を盛んにしていたブラジル出身のギターリスト、カルロス・オリベイラが自宅近くのジャズクラブで演奏していたので毎週通っていました。サンホゼ州立大学卒業後2012年からは毎年夏に2週間開催されるカリフォルニア・ブラジル・キャンプにも参加しています。偉大なジョイスやトニーニョ・オルタと一緒に演奏できた時は本当に感激しました。

 一般的にブラジル音楽といえばボサノバやサンバを思い浮かべますが、ショーロ(Choro)やバイアォン(Baião)など地域により色々なリズムや特色があります。これからも来米するブラジル出身のアーティストとのコラボ、勉強や演奏を続けていきたいと思います。

—若林さんが考えるブラジル音楽の魅力とはどのようなものですか。

 ブラジル音楽と言っても幅広いのでここでは日本でも馴染みのあるサンバ、ボサノバ、MPBのお話をさせていただきます。

 サンバとボサノバは歴史的に、南米大陸で北米のジャズと同じ様な経由を辿って生まれた音楽です。サンバはもともと17世紀にブラジル北部のバイーアでアフリカ人奴隷の踊りや音楽から生まれ、後にリオの都会で洗練されたものになりました(バイーアのサンバも違う特色があり素敵です)。

 毎年2月〜3月初旬にブラジル各地で行われるカーニバルは地域事にそれぞれの特色があり、ブラジル人の人生の一部のようです。エスコーラ・ジ・サンバ(サンバスクール)はチーム単位で優勝を競い合います。リオのチームは1グループ約2000人〜4000人(打楽器は最低200人以上)と大規模で、4日間一晩中バレードし続けます。熱気にあふれ、離れていても地響きを感じるくらいです。各チームはそれぞれテーマがあり、テーマに合わせオリジナル曲、振り付け、コスチューム、フロート(ダンサーが踊る巨大な車)を作り、バテリア(打楽器グループ)やダンサーは一年かけて練習に励みます。リオのカーニバルに興味があれば『黒いオルフェ』という映画をお勧めします。カーニバルの情景や素敵なボサノバ楽曲が満載された素晴らしい映画です。

 ボサノバは1960年前後にリオで生み出された音楽です。サンバのリズムをスローダウンして西欧のロマン派以降のクラッシック音楽やアメリカのジャズの要素を取り入れた新しいスタイルの音楽です。

 ボサノバ(Bossa Nova)のBossaの意味は隆起。Novaは新しい。より洗練されて、心地の良い新しいスタイルのサンバと言う感じでしょうか。ヴィニシウス・ジ・モラエス(作詞)、トム・ジョビン(作曲)やジョアン・ジルベルト(ギター、ヴォーカル)のコラボ、「想いあふれて(Chega de Saudade)」が最初のボサノバと言われています。ボサノバは少人数、又はソロでも演奏されるので、ギター一本でサンバのリズムを表現できる弾き方が誕生しました。歌も思いっきり声を上げて歌うサンバと違い、話しかけるような歌い方が特色です。当時ジョアンがレコーディングスタジオで語りかけるように歌っていたら、声が出なくなってしまったのかと思われたそうです。

オークランド、Eve’s Waterfrontにて

 そして、M‌P‌B(Música   Popular Brasileira)とはブラジルのポピュラー音楽で1‌9‌6‌0年代のボサノバ誕生以降にロックの影響を受けて形成された音楽です。既にブラジルのアイデンティティとなっているサンバのサウンドが受け継がれているブラジル独特のポピュラー音楽です。

 私にとってブラジル音楽の魅力はサンバの軽快なリズムです。繊細な歌詞、ハーモニーも魅力的です。洗練されたサンバのリズムやハーモニーも聞いていると複雑さは感じず、悲しい唄でもハッピーにしてくれます。歌詞は恋愛ばかりではなくサッカー、自然などもよくテーマになっています。ボサノバ、MPBが全盛の1960年代以降ブラジルは軍事独裁政権だったため、政治的メッセージが埋め込まれていることも多々あります。どんなテーマであれ軽快なリズムが『大丈夫、楽しく生きていこうよ。』と元気づけてくれるのが魅力です。

—最後にJ weekly読者へのメッセージをお願いします。 

 ベイエリアでも本場のブラジル音楽が楽しめるイベントやベニューがありますので是非一度足を運んでみてください。毎年5月サンフランシスコでカーニバルが開催され、音楽とダンスが楽しめます。9月第一週末にはバークレーでBrazilian Day & Lavagemのイベントがあり、ブラジルから来米しているアーティストやダンス、カポイエラのパフォーマンス、パレードやブラジル料理やクラフトなども楽しめます。

 サンバスクールのパフォーマンスは、サンホゼにある“Bloco do Sol San José”がお勧めです。チームのリーダー、ジミー・ビアラさんはリオのエスコーラ・ジ・サンバと交流があり、近年はリオでも演奏活動をされています。ダンスはブラジルで経験を積んだ素晴らしいダンサー、ユウコ・ビアラさんがが指導しています。ダンスメンバーの中には毎年リオで踊っている方もいて、アメリカで本場のサンバを直接体験する事ができると思います。

 私はボサノバ、MPB中心のライブを毎月ベイエリアのどこかでしてますので良かったら遊びに来てください。スケジュール等はウェブサイトをご参照頂けたら幸いです。

若林喜代江さん オフィシャルウェブサイト
www.kiyoewakabayashi.com

ブラジル音楽/ダンス インフォメーション
www.facebook.com/BlocoDoSol
www.brasarte.com
carnavalsanfrancisco.org