人間の持つ複雑さ、悪役の中にある正義、単色ではない人間の心をカラフルに表現したい
エンターテイメント産業が盛んなアメリカで、Marvel StudiosやWalt Disney Pictures、Walt Disney Imagineeringなどの名だたる大手クライアントから絶大な信頼を集める日本人のConcept Artistがいる。今回ご紹介する宮川英久さんだ。
宮川さんはパサデナのArt Center College of Design を卒業後、インダストリアルデザイナー、コンセプトアーティストとして映画産業、ゲーム産業等において活躍を続けている。Disney California Adventure内のアトラクション”Guardians of the Galaxy – Mission: BREAKOUT!”の動画部分の全てのアートワークは彼が担当した。
その他にもDisneyの映画のアートワークなども担当。サマーバケーション中に、Disney California Adventureに訪れる機会があれば、是非チェックしていただきたい。アメリカを舞台に活躍する宮川さんに、今回特別にお話を伺った。
ーConcept Artistのお仕事とは
Concept Artそれ自体は、基本的にお客様の目に触れるものではなく、映画の様な映像、ゲーム、テーマパークなどの大元のデザインを絵におこしたものです。例えば、ゲームに出てくるモンスターやキャラクター、背景などの実際の3DCGのデザインではなく、3DCGを作るチームの方やテクスチャー担当者に「このデザインでお願いします」と指示を出すための絵を描くお仕事です。プロジェクトにもよりますが、場合によってはゲーム内での武器や車などの三面図(上・正面・横から見た図)を描いたりもします。
ーConcept Artistになったきっかけ
元々ビデオゲームが大好きで、僕がゲームにのめり込んでいた時代は特にテクノロジーの進歩が目覚しく、グラフィックがどんどん進化していた時だったので「絵を描いてゲームを作って仕事にできたら良いな」という気持ちはありました。
専門学校を卒業後、ゲーム会社に3Dデザイナーとして就職しました。当初はConcept Artを知らなかったのですが、3Dデザイナーとしての仕事に「違和感」を覚えていました。就職後暫く経った頃に読んだ書籍でConcept Art という概念を知り「これが自分のやりたかった事だ」と衝撃を受けました。その書籍にてパサデナのArt Center College of Design で Concept Art の学科が新設されると知りました。当時の職場では3Dの技術など学ぶことも多くありましたが、映画・ゲームの本場、Concept Artの本場でもあるアメリカで自身の能力を高めたいと留学を決め、退職をし渡米したのが2008年です。
Art Center College of Designでは面白い授業も多かったのですが、学生の自主性を尊重する雰囲気があり、日本の大学より圧倒的に自由でした。在学中にプロとして映画製作会社などにてキャリアを積み、そこで担当した作品がほかの関係者の目にとまり、卒業後もお声がけを頂くうちにConcept Artistとしてのキャリアが充実してきた、という感じです。
ー幼少期は、どんなお子さんだったか。ご両親は、海外で芸術の道への挑戦を応援してくれたか。
ゲームも大好きでしたが、小・中学校と、校内の写生大会で毎年入選したり、市のコンクールで賞を頂くなど絵を描くことも大好きでした。
子供の頃、薬局での「お父さん、お母さんを描こう」といったコンテストがあり、その際に父から「腕の生えている位置がおかしい」と指摘されました。子供の描く絵にそんな整合性を求める父も正直どうかと思うのですが、そういった経験が現在の私の絵の緻密さ、正確さに対するこだわりに繋がっていると思います。
元々所謂学歴を追い求めるような環境に居たので、大好きな絵のこととはいえ、それに仕事としてプロとして向き合う新しい分野への挑戦に、勇気が要る所でしたが、両親が優しく背中を押してくれました。
ある日、渡米を心に決め、会社を辞めてしまい、その晩に両親に電話で報告したところ「うん、解った。良いんじゃない?」とアッサリ返されて、驚かれると思っていたのに逆にこっちが驚かされてしまいました(笑)。
ーメジャーなクライアントと大きなお仕事をした中で、一番印象に残っているものは?
「The Marvel Experience」(*1)です。360度のドーム型スクリーンの映画とテーマパークを足したようなアトラクションを作るプロジェクトだったのですが(4Dシネマの豪華バージョンのようなもの)、アメリカで初めてプロとして携わった仕事で、その映像部分とテーマパーク部分の両方のデザインを担当させていただきました。
しかもその中でも特に重要なコックピット(お客様が大きな戦闘機に乗っているという設定のストーリー。そしてそのコックピットのデザインの事。映像の中で常にお客様の目に触れるとても重要な要素である)に私のデザインが採用されたのはとても嬉しかったです。
また、このコンテンツの大きな目玉の一つである映像部分とテーマパーク部分の融合する重要なデザインも担当させていただきました。テーマパークですから安全基準を満たしつつも、格好いい演出も考えなければならず非常に悩みましたが、とてもユニークで面白いプロジェクトでした。そこでの仕事が評価されたのか、同じ監督が担当された「Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy – Mission Breakout!」ではより重要な役割を任せていただきました。
ーConcept Artistとして輝かしいキャリアの中で一番の難題と、またそれをどのように乗り越えたか。
現在デンバーで携わっている「Eternal」というビデオゲームの仕事なのですが、最初のうちはこのゲームの独特のダイナミックな見た目のスタイルが、自分の従来のスタイルとは違い、どうしても「違和感」を覚えていました。
自分の中で「違和感」を感じているものをそのままに世に出してしまっていいのか、プロのArtistとして大きな葛藤と向き合う必要がありました。
どうにかするべく努力をしつつ、積極的に直属の上司と話し合ったところ、その方がとてもすばらしい人で、根気強く相談に乗ってくれました。その中で「私の古典的絵画技法を用いる、絵の具で描いた様な絵の強みを生かしつつも、ゲームのダイナミックなスタイルにも上手くなじむ新しい手法」を見つけることが出来ました。そしてそのリアリティと絵画的雰囲気とこのゲームの持つダイナミックさを兼ね備えた新しい手法は私のArtistとしての新たな強みへと昇華されたように感じます。
その甲斐もあって、今では自分自身の持つアーティストとしての強みを最大限に生かしつつ、とても大きなキャンペーンの核であるプロモーションイラストとメインキャラクターデザインを担当させていただくなど、メインアーティストとして重要な仕事を任せていただいています。
ーアメリカと日本で、それぞれ好きな場所は
アメリカでは、グランドキャニオンです。「想像を絶する」というのはこういう事なのか、と肌で感じたのは後にも先にもここだけです。元々写真などでその全容は把握してましたが、どんなに優れた写真でも到底追いつけない現実にただただ打ちひしがれました。絵を描く人間として、途方も無い命題を突きつけられたような気持ちになりました。
また、車で旅行をするのが大好きなのですが、その際に一番楽しみなのが個性豊かなガソリンスタンドに寄る時です。フリーウェイ脇のガソリンスタンドで、チェーン展開しているようなお店でもオーナーの個性が出ているお店も多いですし、田舎のほうほど独特な雰囲気があって面白いです。併設されているハンバーガー屋などもいつも楽しみにしています。
日本だと、やはり温泉宿・温泉街ですね。清流を挟む切り立った崖にへばりつく様に作られた温泉街は独特な雰囲気があって大好きです。迷路のように入り組んだ道や、小さな御土産物屋さん、灯篭や提灯など、他では絶対に見れない雰囲気を感じます。
また、喫茶店も大好きです。日本に居るときは毎日4冊くらいの漫画の単行本を持ち、喫茶店に行きそれらを読むことが日課です。一番リラックス出来る方法ですし、頭が柔らかくなっているときですからインスピレーションも大いに沸きます。また、チェーン系のお店も個人経営のお店もそれぞれ魅力があって、そのお店ごとの雰囲気や独自性を楽しんでいます。
ー夢の実現へ向けて頑張る皆さんへメッセージ
ひとつ言えるのは「自分に素直に、正直に生きた方が良い」という事です。日本のゲーム会社を辞めたきっかけは「違和感」や「疑問」でした。その感情に蓋をせずに正面から向き合い、たどり着いた結論がアメリカで本格的にConcept Artを学ぶことでした。
あの時、自分の中の不協和音や違和感に耳を傾けていなかったら、アメリカで自分の道を開けなかったと思います。表面的に器用に立ち回るより時間がかかったり、回り道をしたと思いますが、後悔はなく、ベストな選択をした自信があります。
自分に正直に生きると、周囲とぶつかりやすいですが、本当の味方も得られる気がします。アメリカは懐が広く、意見が違っても尊重してくれる土壌があるので、どんどん意見を言って、自分の道を開いて欲しいと思います。
(*1) 世界各地を巡回する移動型アトラクション。ウェブサイト:marvelexperiencetour.com / Twitter:@themarvelexp
宮川英久(みやがわ ひでひさ)
コンセプトアーティストとして米国から世界規模のプロジェクトに第一線で携わる。代表作はリードコンセプトアーティストとしてシネマティクス(動画)部分に携わった「Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy – Mission Breakout!」。そのほか、インドネシア最大級のテーマパーク「MNC Park」や映画「A Wrinkle in Time」などを担当。現在はリードアーティストとして参加する「Eternal」を中心に、映画、ゲーム産業にて活躍。オーストラリア発の美術書籍「Pictoria Volume.3(2019年末刊行)」にて世界で活躍するアーティストとして掲載予定。
WEB : www.supratio.com