櫻井寛さん / 鉄道 フォトジャーナリスト


今年の5月10日で生誕150年を迎えたアメリカの鉄道。サクラメントでゴールデンスパイクを打つセレモニーに参加した櫻井寛さん。

「なぜサクラメントか分かりますか? 実は、西海岸の鉄道発祥の地は、サクラメントなんです。では、東海岸の鉄道発祥の地は? ボルチモアです! この二つの線が、ユタ州プロモントリーでつながって、アメリカの鉄道が誕生したんですね。」

 日本と世界の鉄道を知り尽くした櫻井さんは今回、外務省と Japan Society Of Northern California が5月15日に主催したイベント”Discover Japanese Railways and Live Sushi Demo”にて、普段鉄道にあまり馴染みのないアメリカの人々にも「日本に来たら鉄道だけで旅行できます!」と、日本の鉄道旅行の魅力を伝えました。

なぜ鉄道なの?

そんな鉄道大好きの櫻井さん、ご職業はフォトジャーナリストですが、先に写真がお好きだったのでしょうか

鉄道が先ですね。おそらく物心がつくのは5、6歳ですよね。その頃にカメラなんて日常に無かったんですよ、僕の時代は。

鉄道を上手に撮りたいという情熱から、写真の腕が磨かれていったわけですね

当時は、年頃になると彼女や好きなアイドルのブロマイドを定期入れに皆入れたわけですが、僕の場合、それが鉄道だった。一番好きなものが鉄道だったんですね。あと変な話ですが、子供の頃、僕はバスでは酔ってしまったけど、鉄道では酔わなかった。

そして、実は両親が国鉄の職員だったのです。父親はすぐ辞めましたが、母親はずっと小諸駅の駅員で。駅弁好きについては、ものすごく母親からの影響がありますね。

僕が生まれたのは昭和29年で、当時の駅弁は旅行に行かないと食べれなかった。終戦から9年で、日本はまだ貧しかったんです。どの家も貧しくて、食事はご飯とお漬け物とみそ汁ぐらいなんですよね。その時代に駅弁は、卵焼きが入ってて、お魚も、かまぼこも入ってて・・・。ご馳走なわけですよ。で、それが列車に乗ってると食べられる。列車に乗るイコール、美味しい駅弁が食べれるというわけです。しかもアイスクリームまで売りに来る!

外国の方では、日本の駅員さんのサービスの良さや、電車が時間通りに来ることに感動する方もいますね

日本は過密だからね、そうしないと仕方ない。僕が一番好きなのは、阪急の梅田駅。遅れる人とかいなければ、京都線、宝塚線と、神戸線で、10時ちょうどに特急が同時に出るんです。時報と同時に、本当に並んで走ってくんです。あれは見事ですね。阪急の3複線、ホームから見えますよ。

食と鉄道

地元、長野県の『峠の釜めし』はまだ売ってますか?

もちろんです。昨日も外国の方から『峠の釜めし』について質問がでました。ある意味日本で一番人気の駅弁なんじゃないでしょうか。僕がいま関わってる仕事で、駅弁のガチャガチャもあります。半月後ぐらいに商品化されるんですが、釜めしもちゃんとありますよ。解説も書いてます。

日本の鉄道の魅力といえば駅弁。4月10日は駅弁の日。由来については、弁の字が4と十が合さったように見えるから、当と10をかけてるなど諸説あるが、駅弁バッジを手に、駅弁の魅力を語る櫻井さん。

昔は駅弁の立ち売り屋さんが1万人もいたんですが、今はたったの3人になってしまいました。列車が高速化したり、窓が開けられなくなったからですね。でもその代わり、構内の駅弁屋さんがあるから大丈夫。東京駅にある『祭』という駅弁屋さんですが、幕の内弁当だけで、1日に1万500個も売れています。日本には4千種類の駅弁があるんですよ。日本鉄道構内営業中央会に加盟して、正式な駅弁マークがついてるのだけでも1千種ぐらい。

さらに、日本には車中で職人さんがお寿司を握ってくれる鉄道が3つあります。一つは『ななつ星』。九州7つの県を廻る列車で、社内のデザインは水戸岡鋭治さんがしています。洗面台の受け皿は贅沢にも全部、柿右衛門。窓がベッドの横にあるので、寝ながら星空も見る事が出来ます。2つめは伊豆の『ザ・ロイヤルエクスプレス』、最後は富山県の『ベルモンタ(ベル・モンターニュ・エ・メール)』。料金で言うと、ななつ星が(プランによりますが)50万円前後、ロイヤルエクスプレスが10万円前後なのに対して、ベルモンタはなんと2千円ぐらいで乗れちゃうんです。普通列車だから、とってもお得なんですね。

列車とは思えない『ななつ星』の車内とお寿司

 櫻井さんおすすめの駅弁はどれですか

北海道にある稚内駅の『四大かに弁当』、別府駅の『山海三昧』、東北本線郡山駅(福島県)の『海苔のりべん』ですね。『海苔のりべん』は去年グランプリ獲ったんですよ。2018年、日本で一番美味しい駅弁。最もオーソドックスな海苔弁なんですが、もの凄く上質です。この卵焼き、この鮭だけでも。それから、海苔、おかか、ごはん、海苔、こんぶ、ごはんで6層になってるんですね。おかかは、自家製のそばたれで煎ってある。だから、日本人がもっとも好きな味ですね。

それと、僕は今までに10数個、駅弁のプロデュースもしています。まあ、(食については)素人なので、あまり売れずに終わってしまうんですが、松阪駅の『松阪でアッツアツ牛めしに出会う!』弁当は今でも売っていますよ。紐がついていて、それを引っ張ると容器が熱くなる。松坂牛は高すぎて使えなかったんですが、黒毛和牛を使っていて、ガーリックで味付けしてます。これはずっと売れてますね。本当に美味しいですよ!

  1. 櫻井さんプロデュース 松阪駅の『松阪でアッツアツ牛めしに出会う!』弁当
  2. 稚内駅の『四大かに弁当』
  3. 別府駅の『山海三昧』
  4. 東北本線郡山駅(福島県)の『海苔のりべん』を売る女将さん

飛行機を使わず88日間で世界一周!

 櫻井さんは以前、飛行機を使わず世界一周をされたそうですね

ええ、もうだいぶ前ですが、世界一周を飛行機なしで達成しました。その時にアメリカも来ました。シャルル・エドシックさんという人物が、19世紀にお酒を世界中にセールスに行くわけですね。彼の偉業をたたえて、当時あった乗り物だけで、世界20ヵ所にあるレミーマルタンの支店をまわるという、いわゆる高級スタンプラリーですね。海は船、陸上は鉄道やバス。88日間。ジュール・ヴェルヌの『80日間世界一周』という小説がありますけど、88日で1周するというのは近いですね。

ハプニングはありましたか

・・・はい! ありました。イタリアのミラノで、(座った状態で、両足の間に置いたバッグを指差し)この状態のカメラバッグが、一瞬にして消えて・・・。現金50万円と、トラベラーズチェック120万円分、カメラ、パスポート2人分・・・。毎日新聞の人と組んでたんですが、その人、定年間近のおじいちゃんで、そこに来る前にもスリに合っていたので、僕にパスポート預けてたんですよ・・・(苦笑)。で、2人で話していて、イタリア人のスタッフが来るのを待っていたんですね。そうしたら横に電球を変える工事の人が来て、ホコリが落ちて来るのがイヤだなあ、と思いながら一瞬見上げたんです。顔を戻した時にもう足下に置いていた荷物がなくなっていました!

それで血の気がひいて、どろぼー!!と言ったら、ホテルのコンシェルジェがすぐ飛んで来て、This is a five star hotel そんな事は有り得ない、どこにもそんな逃げ道がないじゃないか、と言うんです。だから、グルだったんですね・・・。

それでイタリア人のスタッフがきて、警察に行ったんです。遺失届を出さないと、パスポートの再発行も出来ないし。そしたら、届けの書式が日本語だったんです! いかに日本人の被害者が多いかってことですよね。そして領事館へ行ったら、まだお昼の時間だったのに、あなたがたでもう5人目です、って言うんです。さすがに毎日新聞の仕事だったので、パスポートは24時間で出ましたが。盗られたお金とカメラ、フィルム6本はもうだめですね。予備のカメラがあったのでなんとかなったんですが。でもそれはレースだったから、そのまま続けるしかなかった。This is the Challenge とか言われて(笑)。

ご病気はされなかったですか

病気になったことはないですね。旅行中は体調が悪くなる事も無い。人間はヒマになると調子が悪くなる。旅行中は、ある種の良いアドレナリンが出つづけてるから。

ヨーロッパも鉄道が発達しているイメージがありますが

日本より優れているのはスイス。日本で鉄道が優れているのは、新幹線と大都市だけです。田舎に行くと、1日3本とか、最悪なのは、1日1本とか。そういう所に住んでる人は、鉄道なんか使えるわけ無いじゃないですか。でもスイスは、どんなローカル線も1時間おきには来ます。車が無くても生活出来ます。もっと言うと、およそ10の市町村で、排気ガスを出す車の乗り入れを一切禁止している。住民も、持っていいのは電気自動車のみ。そうなると、みんな電車を使う。鉄道会社も潤いますし、空気も汚れません。

スイスはあと、国内のどこでも、16キロメートル以内に駅があります。日本は鉄道王国のくせに、たとえば北海道へ行くと、2・3百キロ駅が無い。そうすると鉄道がますますダメになりますね。スイスだって、ローカル線はきっと赤字ですけど、儲かってる所のお金を使って、うまくまわしています。

今は日本の技術が海外に行ったりしてますが、最初は逆でした。北海道は開拓地で、アメリカから輸入された鉄道システムを使っていました。新橋ー横浜間は国営でイギリス式。九州は 私鉄でドイツ式だんたんですよ。

次の目標は・・・

世界の鉄道で、乗ってみたいけど、まだ乗れてないものってありますか

・・ないですね。列車がある国120カ国中、95カ国も行ってしまったので、乗りたい列車は全部乗ってしまった。でも北朝鮮の鉄道は気になります。キムさんはきっと鉄道好きです。ベトナムまでわざわざ列車で行くぐらいですから。

次の目標はなんですか

これからの目標は100カ国です。あと5カ国。大変なんですよ、あと5カ国って。大変な国しか残ってない。南米だとパラグアイだけですね。

ちなみに、初めて乗った海外の鉄道は、カナダのでした。42年前。カナディアン号、新婚旅行で乗ったのが初めてですね。この電車は今も走ってます。それが凄いと思いませんか? 当時、ラブレター・フロム・カナダという歌が流行ってた。それで行ったという訳ではないですが(笑)。当時は高かったですよ、50万円ぐらいかかった。でも最初の旅で、グアムやハワイで妥協しなくてよかったと思います。

最後に

ベイエリアで好きな乗り物はありますか

 僕がこの辺で一番好きなのは、コースト・スターライト号です。スターライト号はアムトラックで、ロサンゼルス発、シアトル行き。サンフランシスコはエメリービルで止まります。コーストは海岸ですね、そしてスターライトということは、寝台列車なんです。以前はデイライトという列車があって、それはロサンゼルス発、サンフランシスコ行きだったんですが、今は走っていません。

 スターライト号は1泊2日でロサンゼルスからシアトルまでいくので、凄く効率がいい。僕は今回、それに乗って(LAからSFに)来たかったんですが、結局飛行機で来ました。今回の旅で一番のストレスは、列車に乗れてないことですね(笑)。

櫻井寛(さくらい・かん)

1954年 長野県出身
フォトジャーナリスト、鉄道ファン。写真集他、漫画から解説本まで著書多数。テレビ番組にも出演。

<主な著書>
『漫画・駅弁ひとり旅』(アクションコミックス)、『列車で行こう! JR全路線図鑑』(世界文化社)、『知識ゼロからの駅弁入門』(幻冬舎)など