生徒作文コーナー:「受け継ぐ命」

サンフランシスコ日本語補習校  中高部 サンフランシスコ校 中学部 2年2組 (現在は3年)レイモンド まやさんの作品をご紹介します。

「受け継ぐ命」

サンフランシスコ日本語補習校 サンフランシスコ校
中学部 二年二組 レイモンド まや

 先日、祖父母の家に行ったとき、家族の歴史の本を見せてもらった。この本は、私のひいおじいさんが何年もかけて先祖の事を調べて、やっと書きあげた本だそうだ。なんと一〇六〇年まで昔の事が書かれていた。私はとても驚いた。一〇六〇年と言ったら歴史で勉強した平安時代である。すごく昔のことは、本当に事実かどうかはっきりわからないようであるが、少なくとも一七〇〇年代までは先祖たちの名前がはっきりと書かれていて、先祖たちの体験や苦労した話なども知ることができた。

 一八八〇年に生まれた私のひいひいおばあさんのエマは、三才のとき船に乗ってスイスからアメリカに来た。エマの家族は船よいが大変だったそうだ。ヨーロッパからアメリカまでは、船で二ヶ月もかかり、悪天候であればもっとかかったそうだ。長くて大変な旅だったそうだが、無事にアメリカに着いた。その移住してきたひいひいおばあさんの家族は、アメリカで何十年暮らしても、故郷スイスへのホームシックがあったそうだ。

 私のひいひいおじいさんの方の先祖は、アイルランドから一七七〇年頃にアメリカに渡って来た。その後約一〇〇年間、四世代がウエストバージニア州で定住した。四世であるひいひいおじいさんはウエストバージニアの山奥の小さい小屋で生まれ、兄弟が十人いた。生活は楽ではなかったようだ。生活のために陸軍に入り、米西戦争で戦い、無事にアメリカに帰ってきた。五世のひいおじいさんがカリフォルニアに来て、私がカリフォルニアで生まれた。この話から、私は八世である事がわかった。

 一七七〇年より昔の先祖たちはイギリス、フランス、スペイン、アイルランドなどの国に暮らしていた記録が残っている。

 私は、私の日本の先祖のことも知りたくなり、日本の祖母に聞いてみた。私のひいおばあさんのお墓は、日本の祖母の家から五分のところにあるが、これは先祖代々のお墓だ。このお墓で眠っている先祖たちは一八〇〇年後半からの先祖であるそうだ。私の先祖の一人で、第二次世界大戦で亡くなった人もいた。

 この先祖代々のお墓からわかるように、私の先祖はずっと同じ土地にいる。色々な場所から来たアメリカの先祖たちとは全然ちがうのがおもしろいと思った。この町は自然豊かな場所だから、先祖たちはきっと住みやすかったのだろう。私の祖母の家は海沿いの小さい町にあり、何世代も畑仕事と漁師をして生活をしていた。しかし、関東大震災が起きたときに、大きな津波が襲った。海の前に住んでいたひいおばあさんは津波が一度引いたときに運良く高台に逃げることができたそうだ。ひいおばあさんは当時十二才だった。九六才まで生きた。

 この夏休みに、家族の歴史の本を見たり、話を聞いたりして、今まで知らなかった自分の先祖のことをたくさん知ることができた。私の先祖はヨーロッパの国々と日本と何ヵ国にもいたのが興味深かった。私に関係のある国に行ってみたいと思った。また、自分の先祖は多くの困難をのり超えて生きてきたのだと実感した。飛行機がない時代に外国に移り住み、知らない土地で生き抜いてきた。戦争や災害で被害をうけても、自分を守って生きてくれた。貧しい生活でも乗り越えてくれた。そんな先祖が一人でも亡くなったり、違う道を行っていたりしたら、私は生まれてこなかったのだと思うと、先祖のみんなにありがたい気持ちでいっぱいになった。これからも自分の人生を大切にして、私の下の世代にも命を受け継がなければいけないと思った。


サンフランシスコ日本語補習校

 サンフランシスコ校・サンノゼ校
 https://sfjs.org

アメリカ合衆国カリフォルニア州にある、世界最大規模の補習授業校です。土曜日を中心に年間46日間、サンフランシスコ湾近辺のベイエリアやシリコンバレーで生活する子ども達約1,500人が元気に学んでいます。