TAMAKI FARMS INC.

田牧一郎 さん

日本の美味しいお米を世界へ


2017年11月17日
筑波山のふもとの水田地帯で、田牧
どうしてアメリカで、日本産の米を選ばれたのでしょうか
5年ほど前から茨城県つくば市に住みながら、日本のコメの種に関わる仕事を始めました。その中で茨城県のコメ生産者の方々が、自分たちの作ったおいしいコメを、海外の方々に食べていただけるよう輸出をしたいとの強い希望があり、自分たちのコメをアメリカへ輸出をできるのか、できるとすればどのようにすべきなのかなど、話し合いをしておりました。将来のために試験輸出からでも始めたいとのことで、2016年産のコメの輸出から、お手伝いをすることになりました。それを発展させて、今年の春作付けをした美味しいしいコメが、9月に収穫できましたので、それを輸入してベイエリアで販売することにしました。

今回販売される米の特徴をお教えください
今回発売する茨城産米の特徴は、コシヒカリよりおいしいごはんになることです。正しく表現すると、ご飯を食べるみなさんには、それぞれ好みがあります。粘りの強いごはんの好きな方には、今度の茨城米新商品は最適です。しかし硬めで粘りも強くないごはんを好むかたには、むいていないごはんになります。しかし、ご飯は炊き方で、硬さを調整できますので、ある程度は好みに合わせてご飯を炊くこともできます。

特徴は、次のようになります。
①ごはんの粘りが強い。
②ごはんが冷えても強い粘りを持っている。
③ご飯に弾力がある。
④なめらかな舌触りで良い食感を感じる。
⑤ご飯の味が良い。
⑥年間を通して品質にブレのない、おいしいコメが提供できる。
⑦フレッシュな白米を提供できる。


他の場所でビジネス展開を考えていらっしゃいますか
今は日本の美味しいコメを、たくさんの方々に食べていただけるように仕事をしています。今までイタリア・カザフスタン・中国・ミャンマー・台湾・メキシコ・チリ・パラグアイ・ブラジル・オーストラリアと、世界のコメ作り地帯を訪問して、見せてもらいました。これらの地域は、おいしい短粒米が栽培できる可能性のあるところです。その地域のコメビジネスの将来性についても、学んできました。現実は、ごはんでおいしく食べることのできるコメが栽培できて、安定して供給できる場所はありませんでした。日本のコシヒカリの試験栽培をしたが、結果が良くなかったので試験栽培をやめた場所。試験栽培にトライしたところや、栽培を検討中のところもありました。またそこで長年作っている品種を、ずっと作る意向のところもありました。幸か不幸か近い将来、おいしいコメの安定した産地になりそうなところは、ありませんでした。
日本で開発され改良されてきた品種を、おいしいおコメにする栽培技術と、収穫したおコメをおいしい白米に仕上げる技術は、そのために使う機械類の開発と生産も含め、日本が世界一でした。コシヒカリはもちろんですが、今はコシヒカリを改良した品種も、おいしいごはんにできるものがいろいろ出てきました。しかし日本と同じ品種を日本以外の地域に持ち込んで栽培しても、うまくできません。田んぼではうまく育っても、収穫量が少なかったり、乾燥が上手にできなかったり、白米にする技術がないなど、それぞれの地域には、おいしいコメを安定的に作って供給するための、解決すべき大きな問題がある事も分かりました。それを解決しておいしいコメを作って、お客様に届けるようになるまでには、多額な費用と長い年月がかかります。
美味しいコメの安定供給ができる、数少ない地域の中で、一番先頭にいるのが日本のコメです。ダントツの先頭にいます。このコメをたくさん作って、世界のお客さんに食べてもらうビジネスが、私の長年の目標に最も早く近づける事だと思います。そして今日本での生産から輸出、そのコメをアメリカで販売する全体に、関わっています。
茨城産のコメをアメリカや、他の国でも食べていただくための仕組み作りや、購入しやすい価格で提供できるように、さらなる低コスト生産技術の開発と普及などが、これからも日本で行う私のビジネスだと思っています。


ビジネスやマーケットの変遷
私が思っていたより、コメのマーケット全体の変化は、小さく見えます。しかしその中でも、おいしいごはんのマーケットは、拡大していますので非常に良い事だと思います。しかし、おいしくて品質の良いコメが、安定して供給されていないことが問題です。そこに大きなビジネスチャンスがあるともいえますが、このビジネスに関わる知識や技術を持った、優れたプレーヤーが少なすぎると感じています。

10年後の目標など、将来に向けての展望
私は幸いにも40年以上コメ関連のビジネスを続けています。日本で稲の栽培の基礎から学び、21歳でカリフォルニアの大規模コメ農場で実習をさせてもらい、飛行機で種をまき巨大なコンバインで刈取りをするコメ作りを勉強させてもらいました。同時にそのコメを白米にしてアメリカで暮らすごはんを食べる方々へ提供する仕事も、学びました。そして日本に戻ってのコメ作りを実践し、カリフォルニアにわたって、自分の名前を付けたブランド米の生産と販売。そしてカリフォルニアのコメ生産者や精米工場への、コンサルティングを行い、新しいコメのブランドを、アメリカの米販売業者の依頼で作ったり、おいしいコメへの品質改善対策など、コンサルタントの仕事をしながら、コメビジネスを学んでいました。その長いコメに関わった経験から、茨城の生産者たちとカリフォルニアの精米工場の協力をもらい、世界一おいしいコメを届ける仕組みを作りました。
この製品を安定的に供給量を拡大し、より多くの人々に食べてもらえるように品質も向上させ、値段はより購入しやすい価格にできるよう、改良をしてくことが近い将来の目標です。その中でこの仕事を理解して、さらに発展させることのできる人を育てることもしなければと考えています。

最後にJ weeklyの読者に一言お願いいたします
皆さんの好みに合うおいしいおコメが、売られているはずです。新しいブランドを試してみたり、炊飯のしかたを変えたり、いろいろ試してみて下さい。そしてご自分の好みにあった、おいしいご飯を食べる喜びを感じて下さい。皆さんの満足が、コメビジネスに関わる者の喜びです。日本のコメ作りもカリフォルニアのコメ作りも、ウルグアイでも台湾でも、おいしいコメを食べていただきたいと、頑張っています。食べて味わって、おいしく感じなければ、「まずい」と作った人に伝えて下さい。私たちは素直に良くする努力をします。コメは皆さんが食べて感じたことやご意見を聞かせていただいて、良くなります。
私が深くかかわってできた茨城のコメも、ぜひ食べて感想を教えて下さい。

茨城県で「茨米」の生産と輸出をしている、染野グリーンファーム社の染野社長ご夫妻と片岡農場長。玄米の選別作業中に撮影
染野グリーンファームでの今年3月の種まき作業
TAMAKI FARMS INC.
田牧一郎(Tamaki Ichiro)
茨城県在住。1952年12月福島県郡山市生まれの64才。コメ作り農家の長男に生まれ、1974年からカリフォルニア州国府田農場で実習を体験。1年後日本に帰国し郡山市で、大規模コメ作りを目指し本格的にコメ作りを開始。1989年Williams Caに転居、コメ作りと精米業を開始。「田牧米」を作り発売開始。短粒米でおいしいコメとして、全米で高い評価を得て生産と販売量を増やす。1995年精米会社退社後、加州のコシヒカリ生産者や精米業者への技術指導をして、加州米の品質を向上させた。今は日本の生産者たちと一緒に取り組んで生産をした、茨城米を輸入しベイエリアのスーパーで、おいしいごはんになる「茨米」(UBARA RICE)の販売を開始。