先生の宿題 《巻き毛ロングかつらの理由》

 こんにちは。サンノゼピアノ教室、講師の井出亜里です。
 先日、バッハの肖像画を見た小学生が「なんでこんな頭なの?」と訊いてきました。当時の音楽家のほとんどが、正装時にかつらを使用していたと話すと「みんな、カーリーの長い髪が好きだったの?なんで真っすぐな髪はダメなの?」

ううむ。

 「バッハの時代の作曲家が、巻き毛ロングのかつらを好んだ理由」を説明することが私の宿題になりました。

 かつらの始まりは17世紀のフランス国王、ルイ13世が若禿を隠すために着用したことに端を発します。当時御年22歳。その息子ルイ14世は禿げの上に低身長でした。この悩みを解決したのが盛りヘアロングのかつら。頭頂部をもりもり高くして身長もサバよみ可能です。一石二鳥のこのかつらを貴族たちが真似すると、その人気は瞬く間に国外へも広がりました。カールの長髪は「獅子のごとく」勇壮に見え、かさ増しした背の高さが「威厳を与える」と大人気。貴族たるもの、かつら無しでは表を歩けない、かつらは礼儀とまで言われるほど。高価なかつらの着用は富と地位の証明でもありました。

 さて、バッハの時代の音楽家に話を戻しましょう。彼らが仕えたのは王侯貴族。ラモーは「フランス王室作曲家」としてオペラを作曲、バッハはヴァイマル宮廷でオルガン演奏。スカルラッティに至ってはポルトガル王女にチェンバロを教えるのですから、粗相があってはなりません。まずは身だしなみから貴族に倣うのは当然でした。
 かつら人気のもう一つの理由は衛生にあります。今ほど洗髪の習慣がありませんでしたから、シラミがわく。地毛はつるっと剃って、外出時にスポッと装着。衛生的という訳です。

 好みによって、かつらの形もさまざまでした。アルビノーニ、ヘンデルはルイ14世御用達、「アロンジュ」と呼ばれる「盛りヘア・カールロング」を被った肖像画で有名です。バッハのかつらは「プードル頭」と呼ばれた形。ラモーもプードル頭のかつらを着用した肖像画がありますが、異なるヘアスタイルでも描かれているので、幾つか持っていたのでしょう。スカルラッティもプードル頭に近いですが、やや「ゆる巻き」。

 ハイドンはサイドに横ロールをつけたスタイル。モーツァルトは簡単な「後ろ一つ結び」です。(横ロール着用の肖像画も有り)

 さて、モーツァルトの次に出てくる作曲家と言えばベートーヴェン。かつらは…?次の言葉は弟子のチェルニーが初めて師に対面した感想です。「髪の毛はもじゃもじゃに逆立ち、衣服は粗末でロビンソンクルーソーのよう」。若い時はかつらを使用したらしいベートーヴェンも、歳を重ねると体裁に頓着しなくなりました。その出で立ちで浮浪者に間違われることも。この頃から、かつらは鳴りを潜め始めるのです。
 王侯貴族の衰退という時代風景もあるでしょう。あるいはベートーヴェンが独立した音楽家としての気概を示したのかもしれません。ある貴族に言った言葉です。「侯爵、あなたは生まれの偶然により、今の地位にいるに過ぎない。私は自分の努力で今の私があるのだ。あなたのような貴族は星の数ほどいたし、これからも更に生まれるだろう。だが、ベートーヴェンはこの私、ただ一人だ!」
かつらなど、叩きつけそうな勢いです。

 宮仕えの音楽家から、しがらみのない自由な音楽家へ。以後、音楽家のかつらはなくなっていきました。
《宿題の答え》 
 17世紀の音楽家が長髪カールかつらを使用したのは、1.貴族、または貴族に仕える身だしなみ 2.威厳をあらわす 3.禿げと低身長隠し 4.富と権威の象徴 5.シラミ除けのいずれかの意味があります。